「アニソン界のレジェンド」が歩んできた軌跡と今、そして未来を語る! ささきいさおさんデビュー60周年記念スペシャルインタビュー【第1回】
歌う時のベースはプレスリー。当時のアニソンにはアメリカ文化の影響が!?
――ささきいさおさんのお名前を聞くと、アニソンシンガーと答える方もいれば、ロカビリー歌手だったり、エルヴィス・プレスリーだったり、俳優、声優だったり、思い浮かべるものが多岐に渡ると思います。
ささき:でも根本的に歌う時はエルヴィス・プレスリーなんですよね。直接歌いかけてくるような彼の歌い方も好きだし。外画の吹き替えを始めたのも「『和製プレスリー』と呼ばれているんだからプレスリーの吹き替えをやってみないか?」と言われたのがきっかけで。アメリカ映画を見て育って、アメリカの映画の吹き替えがスタートだったので、僕がしゃべるとアメリカの若者っぽい感じがするとよく言われました。
アニメソングもロックなリズムの楽曲が多くなったけど、アメリカの音楽や文化に助けられてきた気がします。「宇宙戦艦ヤマト」の作曲者である宮川泰先生や菊池俊輔先生や渡辺宙明先生が作るアニメの主題歌も日本のマイナーな曲調に、アメリカのリズムやラテンを取り入れたりされていて、アメリカ文化の影響を受けられていると思います。
――アニソンは、長く愛される普遍性を持ちつつも、その時々の時代の流行を反映している多様性もあります。その一方で令和になった今でも昭和の時代の良さを大切にした曲も作られています。
ささき:アニソンに限らず、音楽は時代と共に変わっていき、ある時にふと戻ったりするのが不思議で。僕にとっては昭和の雰囲気が原点で、今の新しいサウンド感の曲にはついていけない部分もあります。でもアニメの内容や歌詞を伝えられる歌手も少なくなっている気がしていて、そういう点では僕が役立っているのかもしれません。
――ささきさんは昭和、平成、令和それぞれの時代で現役として活躍されて、愛されてきた数少ないシンガーだと思います。
ささき:ありがとうございます。音楽は捉え方が違うと思うし、皆さんが夢中になって見ていたアニメや聞いていたアニソンが好きでいいと思います。「宇宙戦艦ヤマト」の頃はまだ録画もできない時代だったので、毎回「見過ごすまい」、「聞き逃すまい」と集中して見聞きしていたからこそ、今も染み付いているのかもしれません。
あと当時は、アニメはゴールデンタイムに放送されていたし、TVも一家に一台だったので家族で見ていたけど、今は、ゴールデンタイムで放送されるアニメは少ないし、録画もできるので本人しか見ていない状況になって。寂しさも感じますね。
――『宇宙戦艦ヤマト』が放送された当時は日曜日19時半オンエアで、裏番組は『アルプスの少女ハイジ』で。親がチャンネル権を持っていたので、『宇宙戦艦ヤマト』は見せてもらえなくて、親が不在の時にこっそり見てました(笑)。
ささき:ファミリーアニメが強かったですからね(笑)。それでも主題歌が爆発的にヒットしたことはそれだけエネルギーが溜まってきたということなんでしょうね。波動砲のように(笑)。
最近、若いお母さんからも僕の元に、「子供がファンです」というメールやお便りも届くんです。僕のような歌い方をするアニソンシンガーがいないから新鮮に感じたり、気に入ってくれたのかも。しかも昔のように親と一緒に見ているからではなく、自分の意志や力で僕の曲を見つけてくれて。
――また今のアニソンブームから過去のアニソンに興味を持って、さかのぼっていったら、ささきさんというレジェンドにたどり着き、カルチャーショックを受けた方もいると思います。
ささき:僕らはアニソンブームの第1世代で、今は第何世代なのかわからないけど、ブームの後にどう続けていくのか、どう変わっていくのかは難しいだろうなと。また声優についてもアニメではいいセリフを言うけど、「外画ではどうなのかな?」と思うこともあります。年齢を重ねた後にどう残れるのか。ブームって怖いんですよ(笑)。