田中公平作家生活40+1周年記念インタビュー「これ田中公平が書いたの!? という曲がたくさんないと、次に行けないですよ」
昨年2020年に作家生活40周年を迎えた音楽家・田中公平先生。
『サクラ大戦』『ONE PIECE』ほか、挙げだしたらきりがないほどの代表作を持ち、ジャンルも王道、熱血からコミックソングまで何でも得意とするマルチぶりで、1980年代からずっとアニメ音楽シーンの最前線で活躍し続けています。
本来は昨年中に40周年記念コンサートを多数開催する予定でしたが、コロナ禍によりすべて延期。今年、2021年4月11日に東京銀座・王子ホールで「田中公平作家生活40+1周年記念コンサート」をようやく開催でき、5月7日にも「ONE PIECE オーケストラコンサート」を行う予定でした。
しかし急な緊急事態宣言により、「ONE PIECE」は開催直前でまたもや延期。なお、振替の公演日程はサントリーホール大ホールにて2022年9月28日(水)19:00開演と決まりました。
世界中でエンターテインメント活動が制限を受ける中、田中公平先生に作家生活40+1周年記念インタビューを行いました。「田中公平作家生活40+1周年記念コンサート」についても内幕を交えてレポートしますので、お楽しみください。
田中公平プロフィール
1954年2月14日生まれ。大阪府出身。音楽プロダクション「イマジン」所属。
三代続いた医者の家に長男として生まれ、当然医者になることを嘱望されるが、少年時代からクラシック音楽への情熱と才気に溢れており、大学進学を前に作曲家になりたいと親に直訴。「やるからには日本一の作曲家になれ」という条件で許され、東京藝術大学音楽学部作曲科に進学。卒業後はビクター音楽産業(現:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)に就職し、西城秀樹、ピンク・レディー、サザンオールスターズほか当時のビクターの大ヒットアーティストの宣伝を担当する。
宣伝の仕事を通じてレコーディング、販売、コンサート、歌番組収録などの仕組みを学び、徐々に顔も利くようになっていく中、突然父親が病気で倒れ、作曲家になる約束について問い質される。これを機に3年間勤務した会社を辞め、アメリカ・ボストンのバークリー音楽大学に留学。最高の環境で洋楽を学び、帰国後はビクター時代の人脈が利いて、設立直後の音楽制作会社イマジンに所属。CMやドラマの音楽の仕事からキャリアをスタートさせる。
テレビアニメに関わったのは、1982年『わが青春のアルカディア 無限軌道SSX』の挿入歌の編曲から。それが日本コロムビア内で評判となり、『キン肉マン』や特撮番組『宇宙刑事シャイダー』などで実績を積み、1986年の『ドラゴンボール』へと繋がっていく。
1985年のテレビアニメ『夢の星のボタンノーズ』では、作曲家が急遽降板したことによりレコーディングまでの残り4日で76曲書かなければならないという難しい依頼に見事応え、劇伴作家としてデビュー。そこから『アニメ三銃士』『トップをねらえ!』へと仕事が繋がり、燃えたぎるような旋律から”炎の作曲家”としてアニメファンの間で認知されていく。
1991年『絶対無敵ライジンオー』、1994年『機動武闘伝Gガンダム』などロボットアニメの音楽で人気が高まる傍ら、ハードの性能の向上で表現の幅が広がりつつあったゲーム音楽にも進出。1993年の『天外魔境 風雲カブキ伝』では広井王子氏と出会い、後に代表作となる『サクラ大戦』シリーズ(1996年~)を始めることになる。
1999年からは同じく代表作『ONE PIECE』で主題歌「ウィーアー!」から劇伴まで担当。同作品で2002年の新世紀東京国際アニメフェア21「アニメーション・オブ・ザ・イヤー音楽賞 テレビ番組部門」を受賞する。
2003年には第17回 日本ゴールドディスク大賞アニメーション・アルバム・オブ・ザ・イヤーを『サクラ大戦4 ~恋せよ乙女~全曲集「檄!帝~最終章(フィナーレ)~」』で受賞。
田中公平作家生活40+1周年記念コンサートを振り返る
――昨年の作家活動40周年の催しがコロナ禍ですべて延期となり、5月7日に振替公演が開催されるはずだった「ONE PIECE オーケストラコンサート」も直前で開催見合わせとなりました。これからどういうことになるのでしょうか?
田中公平先生(以下、田中):延期の日程を探っているところです。
――チケットは?
田中:今のところ、そのままキープ。
※2021年5月18日、「ONE PIECE オーケストラコンサート 田中公平作家活動40周年記念」公演再延期およびチケット払い戻し方法のお知らせの発表がありました。
――残念といえば、『サクラ革命』もサービス終了となります。曲も新たに作られましたが、お蔵入りになってしまう曲もあるのでしょうか?
田中:それはないです。今日もこれから歌入れだし。
――CD化なども期待できますか?
田中:出すと思うよ。出してもらわないと話にならないからね。クリエイターはみんながんばっていたし、シナリオも今後はいわゆるサクラ的な展開でどんどん良くなるはずだったの。私も続けようと思って、いろんなところを回ったよ。政治的にも動いたし。
――こうなると緊急事態宣言を出される前の4月11日に「40+1周年記念コンサート」が開催できたのは幸いでした。公平先生にとっては喉が万全でないという悔しさもあったとは思いますが。
田中:自分でも中止かなと思ったもんね。月曜日(4月5日)の時点で全然声が出なかったから、奇跡ですよ。
――聴く側からすると、セットリストが神がかっていたのですが、歌う側はかなりの負担だったのでは?
田中:声さえ出れば、あれくらい歌っても全然大丈夫なんだよ。本当は「センタースポット」や「花の巴里」なんかもリストに入っていたんだ。削っちゃったけどね。
――あ、そうだったんですか!
田中:早見(沙織)さんも「もっと歌いたい」って言ってくれてね。すごい良かったでしょ?
――「さくら咲いた」が本当に素晴らしかったです!
田中:「輪舞」と「さくら咲いた」は絶対に歌ってほしいと思ったことなんだ。とにかく本人が清楚だし、あれが聴けただけで、みんな涙してたよね。
――銀座の街を歩いて会場に着いて、最初の曲が「輝く、銀座ストリート」というように、セットリストも考え抜かれていて一気に引き込まれました。
田中:またそれをジャズ風にして、間奏にミュージシャンひとりひとりのソロを入れて「これくらい巧いよ」って紹介してね。
メドレーで続けて「センチメンタルな…」に行ったのは、同じFのキーだし、いいかなと思って。「輝く、銀座ストリート」が終わってすぐに喋ると、ざわついたまま喋りそうだから。
――3曲目の「夕焼けの向こうに」から、ハーモニカも加わりました。この曲といえば、「ウィーアー!」でアニソンデビューする直前のきただにひろしさんが歌謡ショウ「紅蜥蜴」で演じた「ハーモニカ男」をセットで思い出します。
田中:南さん(クロマチックハーモニカ奏者・南 里沙)を呼ぶからには、サクラの中でハーモニカで特徴のある曲をやらなきゃいかんだろうと。これしかないよね。
――そういう部分でも本当に練り込まれたセットリストだと感じました。
田中:1年間考えたからね。去年の5月の予定が中止になって。だから1年練習したもん。「輝く、銀座ストリート」なんか、何しても歌えるよ(笑)。
中のセリフは当日に変えたんだぜ。「太ったベースの人」にしたの(笑)。まぁ、よく一緒にやっているメンバーだからこそ、いじれるんだけどね。
(編注/2番の「田舎のおじいちゃん!」の部分をウッドベースの川村 竜さんの体型をいじる形に即興アレンジ)
――次の「ダンディー」での、園岡新太郎さんが見せ場で行うタップダンスの真似は面白かったです。
(編注/ピアノに座ったまま、足を踏み鳴らすなんちゃってタップダンスを披露)
田中:練習しているうちに、ここどうしようかと思って、タップダンスしようと。立ってやろうかと練習したけど、やっぱり難しい。でもあのほうがギャグになるでしょ。
音響も王子ホールは良かったね。すごくいいホールだわ。普通、ああいうホールだと響きすぎて、喋りがワンワンになるけど、全然ならなかった。音もいいし、最高ですよ。来年もやろうと思ってる。
――次が「輪舞」で、ここから始まる早見さんワールドが絶品でした。
田中:あの3曲(「輪舞」「さくら咲いた」「新奇跡の鐘」)はすごいね。素晴らしいですよ、あの人は。
――客席に舞台版クラリスの沖なつ芽さんがいらしたので、生で聴いて、どんな感想を抱いたのかは気になりました。
田中:沖さんにはあらかじめ言ったんだ。本当によく聴いておいてって。沖さんもすごいけど、やっぱり早見さんはビロードみたいな声質だからさ。終わった後に会ったんだけど、「すごい勉強になりました」って言ってたよ。
でも舞台版キャストの人たちもみんな歌が巧いよね。まぁ寒竹さん(望月あざみ役・寒竹優衣)はちょっと大変なんだけど(笑)。
――彼女は存在自体があざみそのものというか。ゲームやアニメのあざみはあそこまでポンコツじゃないんですけど、寒竹さん自身のちょっと残念なところがあざみを萌えキャラとして、よりかわいらしくさせている気がします。
田中:アナスタシアさん(平湯樹里さん)だってすごいじゃん。
――元宝塚の男役という本物ですからね。まとっているオーラが違いました。
田中:立ち方とかが違うよね。いろんな声優さんが『サクラ大戦』の舞台に立ったけど、こんな風に立つ人はひとりもいなかったね。
――写真を撮っていて気が付いたのですが、平湯さんは舞台上にいる間、常に顔が完璧なんですよ。ほかの方の顔に疲れが出てきたような時間帯でも、ひとりだけバッチリ笑顔なんです。
田中:私も指揮をしていたからよく見ていたんだけど、気を抜く時間ができてしまうのはよくわかる。だからあそこまで常に気を張っているのはきついだろうとは思うな。
――写真を撮る側としては助かります。後ろに見切れて写っているような状態でも、平湯さんは常に完璧なので。
田中:次の南さんのコーナーも、私が書いた曲(「諸刃の剣」)があるから本当はそれでやれれば良かったんだけど、私の負担が大きくなりすぎてね。ピアノが難しいんだよ。だから南さんの曲でやってもらったんだけど、「つばめ」もいい曲だからね。
――サクラの曲はもちろんとして、それ以外は何をやるんだろうと思っていたら『勇者王ガオガイガー』が来て、喉の調子が悪いと言っておきながら「勇者王誕生!」ですから驚きました。
田中:大変だったよ。「ディバイディングドライバー」も夜(公演)はちょっとごまかしたけど、昼は本気でやったから。
『ジョジョ』(「ジョジョ~その血の運命~」)はやめておこうと思ったの。ガオガイガーと「ウィーアー!」をやるし、特に「ウィーアー!」は私の得意技なんでね。聴き甲斐があるからいいかなと。
「シンフォニー ウィズ フレンド」(舞台『サクラ大戦 紐育レビュウショウ~歌う♪大紐育♪3 ラストショウ』より)を入れたのは、歌詞だね。あの歌詞は今の世の中に響くかなと思ったの。世界中の人たちが手を取り合ってという、すごくいい歌詞なんですよ。『ラストショウ』以来誰も歌っていないし。
「それで終わればいいじゃない」ってうちの家内が言うからさ。それで終わったら「いくらなんでも……」ってなっちゃうから、「素晴らしき舞台」を入れたの。ただ、ロングバージョンだと疲れちゃうので、ちょっとだけね。
――「素晴らしき舞台」も、喉が本調子でない時にまたえらい曲を歌うなと思いました。選曲は楽しいけれど、これ自分で歌うんだよなとは思いませんでしたか?
田中:自分だからいいんだよ。誰かに頼むなら、選ばないかもしれないな。レニさん(伊倉一恵さん)がここにいたとしても、「素晴らしき舞台」を歌わせるかどうか。それだったら「イカルスの星」と「トランプの裏表」か何かを歌わせると思うよ。
あの曲は、舞台で歌ったら相当大変だぜ。オーケストラだから何とかなるのであって、ピアノ編成で歌ってボロが出た時は大変ですよ。でも自分だったら大丈夫。自分ならわかってるから。
――そしてラス前にまた早見さんで、「花咲く乙女」「夢のつづき」ですよ。
田中:早見さんが来たんだから、やっていただくしかないでしょ(笑)。キター!と思ったでしょ?
――最高でした。早見さんの清廉さと「花咲く乙女」の親和性がめちゃくちゃ高いところから、鉄板で盛り上がる「夢のつづき」へのメドレーですからね。
田中:みんな「『花咲く乙女』だぁ! これで満足!」と思ったら「『夢のつづき』も!?」みたいな。
――ラストは「つばさ」でした。ずいぶん前に制作秘話を伺った時から、「つばさ」は聴くだけで涙腺がヤバいです。
田中:沖さんが「シンフォニー ウィズ フレンド」から「つばさ」までずっと泣いてたって。「つばさ」は「新サクラ大戦 the Stage~桜歌之宴~」の時に自分でも歌ったし、特に思い入れが強いんだろうね。
――わかります。あと、「檄!帝国華撃団」がどういう形で来るんだろうと待っていたら……
田中:ビリー・バンバンの菅原進さんバージョンで来たという(笑)。
――そうです! まさかのカバー返し(笑)。
田中:でもあれ、昼公演だけね。夜は「好奇心のとびら」にしたんてすよ。去年のNコン(NHK全国学校音楽コンクール)の小学校の部の課題曲なんだよね。
原ゆたか先生作詞、田中公平作曲だけど、去年のNコンが中止になったから、2年間連続で小学生が歌っていらっしゃるの。夜(の観客)はそういう人たちが多いかなと思って。昼はどうせ濃い人ばっかりだから。40代以上の男ばっかり。
――その通りでした(笑)。
田中:夜はバランスよく、ちゃんと若い子もいたから「好奇心のとびら」で良かったのよ。昼は「ゲキテイ」歌わにゃしょうがないなと思って、ビリーバンバンバージョン(笑)。
――しかも途中から「また君に恋してる」になってましたし。
田中:さらに『プリコネ』につなげるつもりだったんだよ。若い子の間でヒットしてるし。でもしんどくなってきて、「もうええわ、これくらいで」って(笑)。
(編注/アニメ『プリンセスコネクト!Re:Dive』OPテーマ「Lost Princess」のイントロがゲキテイっぽいと話題になった)
田中公平作家生活40+1周年記念コンサート
【出演者】
田中公平(ピアノ&ボーカル)
早見沙織(ゲストボーカル)
川村 竜(ウッドベース)
鈴木直人(アコースティックギター)
南 里沙(ハーモニカ)
岩瀬立飛(ドラム)
【セットリスト】
M1 輝く、銀座ストリート(サクラ大戦 スーパー歌謡ショウ「新編 八犬伝」より)
M2 センチメンタルな…(『サクラ大戦3~巴里は燃えているか』挿入歌)
M3 夕焼けの向こうに(サクラ大戦歌謡ショウ「紅蜥蜴」より)
M4 ダンディー(サクラ大戦歌謡ショウ ダンディ・団耕助 キャラクターソング)
M5 輪舞(『新サクラ大戦』クラリス キャラクターソング)歌/早見沙織
M6 さくら咲いた(サクラ大戦歌謡ショウファイナル公演「新・愛ゆえに」より)歌/早見沙織
M7 新奇跡の鐘(『新サクラ大戦』クリスマス公演BGM)歌/早見沙織
M8 帝劇・夜のテーマ(『サクラ大戦』BGM)
M9 喜びのテーマ(『新サクラ大戦』BGM)
M10 つばめ(南 里沙オリジナル曲)
M11 昼公演「夢よ」(サクラ大戦 紐育レビュウショウ ~歌う♪大紐育♪3~ ラストショウ ラチェット・アルタイル キャラクターソング)
夜公演「輝く星座」(『サクラ大戦Ⅴ』九条昴 キャラクターソング)
M12 いつか星の海で~勇者王誕生!(『勇者王ガオガイガー』ED&OPテーマ)
M13 もっと!もっと!かいけつゾロリ(『もっと!まじめにふまじめ かいけつゾロリ』OPテーマ)
M14 ウィーアー!(『ONE PIECE』OPテーマ)
M15 シンフォニー ウィズ フレンド(サクラ大戦 紐育レビュウショウ ~歌う♪大紐育♪3~ ラストショウより)
M16 素晴らしき舞台(サクラ大戦歌謡ショウ「紅蜥蜴」より)
M17 花咲く乙女(『サクラ大戦』EDテーマ)~夢のつづき(『サクラ大戦2』EDテーマ)歌/早見沙織
M18 つばさ(サクラ大戦歌謡ショウ「つばさ」より)
作家生活40年を振り返る
――日本コロムビアのディレクターの間でお仕事ぶりが話題になり、徐々に依頼が増えていく中で、最初の転機になったのは『ドラゴンボール』OPテーマ「魔訶不思議アドベンチャー!」(1986年)の編曲だと思います。なにしろイントロが衝撃的でした。
田中:あそこから私の人生の景色が変わったよね。周りの見る目が「アニメをやれる藝大出の若手作曲家がいるぞ」くらいのヤツから「こいつ、すげーじゃん」に変わったから。本当にエポックメイキングでしたね。
そのおかげで、その後コロムビアでは戦隊モノから何からいっぱい来たからね。
――個人的な話ですが、ちょうどその頃デパートの屋上でヒーローショーのバイトをやっていたので、『光戦隊マスクマン』(1987年)や『超人機メタルダー』(1987年)の楽曲には特別な思い入れがあります。
田中:『マスクマン』では挿入歌を4、5曲やったかな。『トップをねらえ2!』(2004年)の時に、福井裕佳梨ちゃんが「今度ノノ役になりました福井裕佳梨です!」って挨拶に来て「田中先生の大ファンなんです!」って言うから、「へぇ~、そうなんだ。何から? 『ONE PIECE』?」って聞いたら「いえ、『光戦隊マスクマン』の挿入歌です!」って。「お前、すっごいマニアックだな!」って(笑)。
――なかなかのガチぶりですね(笑)。
田中:コロムビアというのはギャラが安いので、いい仕事が来るようになった人たちは卒業していくんですよ。私も『マスクマン』の後くらいに卒業して、『トップをねらえ!』(1988年)が来たんだけど、『トップ』はいまだにいろんなことがありますよ。『トップ2』で評価されるのは好きだけど、『トップ』はちょっとね。
――この頃はナニナニ風みたいな、ネタ曲というかパロディソングみたいな依頼も多かったじゃないですか。
田中:山本正之先生との出会いもあったしね。
――そこに『BASTARD!! -暗黒の破壊神-』(1992年)でものすごいオーケストラの楽曲を書かれて、本格派に移行した感があります。
田中:『バスタード』で完璧に変えたからね。それからは一切パロディはやらないぞと。アニメが始まって20年から30年経った頃で、パロディができるネタが溜まってきていたんだな。それでそういうことをする人が増えすぎたので、そういう人とは付き合わないということが、私のポリシーにあるかもしれないね。
――『ARIEL』(1991年)辺りがパロディものの最後でしょうか?
田中:あれが最後ですよ。でも「危ない土曜日」(EDテーマ)の3人組(美亜役・富沢美智恵さん、絢役・水谷優子さん、和美役・林原めぐみさん)の歌は、すっごく面白かったな。
――元曲はキャンディーズですよね。ポニーキャニオンの須賀(正人)さんがディレクターでしたっけ?
田中:そうそう。世の中には出てないんだけど、あれの替え歌がめっちゃくちゃ面白いんですよ。須賀さんが作詞した「とれないあの寿司」ってのがあるの(笑)。
――初めて知りました。
田中:全然世に出てないから。その後『絶対無敵ライジンオー』(1991年)とか『勇者王ガオガイガー』(1997年)とかが次々に来て、年に600曲とか700曲とか書いていた時代だよね。そりゃ来るわな。菊池俊輔先生、渡辺宙明先生、渡辺岳夫先生がお歳を召されて、劇伴を書く若手が私しかいない時だから全部来たもん。本当に少なかったんだよ。川井憲次さんくらいかな、競っていたのは。
――この頃には聴く側も公平節がわかるようになっていましたね。
田中:そこはちょっと反省しなきゃいけないところだけど、たくさん書きすぎたんだよ。やっぱりちょっと似てしまう。近頃はとにかく似ないようにしていて、『バック・アロウ』(2021年)なんて全然似てないと思うんだ。1、2曲だけ似せたのがあるだけで。
――宙明節みたいに、誰が聴いても一発でわかるようなところは目指さないんですか?
田中:出さないようにしても、どうせ端々に出るからさ。あとは、それをやってくれというオファーがあったら、やりましょうということで。『GRAVITY DAZE』(2012年)でも、変身するところは完全に田中節でやってますから。
毎回同じことをやっていると、「来た来た!」ばっかりでさ。飽きるでしょ。「これ誰が書いたの? えっ、田中公平!?」っていうのがたくさんないと、次に行けないですよ。
――その中で『サクラ大戦』(1996年)は、サクラの枠の中でなら何をやっても良かったから、作曲家として非常にやり応えがあったのでは?
田中:サクラはもう本当に、好きなことが勝手にできたから、音楽家としての幅が広がったよね。
――公平先生の楽曲の中で、一番やりたい放題やったと感じたのが「鉄の星」(『新サクラ大戦』伯林華撃団・エリス キャラクターソング)なんですけど。
(編注/幼少期からワーグナーの大ファンだった田中公平先生が、「ニーベルングの指環」と「トリスタンとイゾルデ」の要素を詰め込み、水樹奈々さんに無茶ぶりして限界突破のパフォーマンスを引き出させた正統ドイツ曲)
田中:あれはやりたい放題だね。今度もうひとつ、やりたい放題やるのがあるんですよ。夏以降に発表するけど。
――音楽文化もこの40年で激変したじゃないですか。最初はテレビから流れてくる音楽というのが大衆が最も耳にするもので、そのうちにゲームが流行りだすと、子供は何時間も遊ぶから、ゲーム音楽が脳裏に染みつくんです。
昔、すぎやまこういち先生が『ドラゴンクエスト』の音楽を「僕は日本の音楽文化の20年後、30年後を作るつもりで書いている」と仰られて、その通りになりましたからね。プロコフィエフの「ピーターと狼」が担っていた、子供のためのクラシックのスタンダードの位置に「ドラゴンクエスト序曲」が入った感じになっています。
田中:イトケン(伊藤賢治さん)とかも偉いと思うよ。ゲームやアニメでは音楽文化も世界的に発信できたのが、私は一番大きいと思っていて。日本でオリコン何位とかはどうでもいいんだよ。それだったら海外で売れたほうがいいと、ずっと思っていたから、世界レベルでというのを常に考えて曲を書いていたんですよ。世界レベルの曲を書かないと恥ずかしいと思っていたの。
「ウィーアー!」も1999年だから、もう20年以上経っているけど、みんな歌ってくれて全然古くなってないし。最近はDTM小僧が増えすぎて、アニメも打ち込みの曲は音がペラペラで、世界レベルじゃないなと常々思ってる。
――そこで育ってしまった子もいるので、その先の音楽文化が今度はどうなるか気になります。
田中:そうじゃない、違うところで育った子もいるし、いろんな流れがあっていいんですよ。もうちょっとしたらAIが席巻するから。で、その後アナログ回帰が必ずある。私はアナログ回帰をずっとやり続けるので。
「鉄の星」の良さみたいなものは、シンセでは無理だろ? そういうことが出来る人がどんどん少なくなっているぶん、自分は有利になっていると思っているんだよね。「こういうすごいのを書いてほしいんだけど、誰かいませんか!?」ってなった時に、私しかいないでしょ(笑)。
経験が武器になることもあるから。若い人たちがこれからオーケストラを勉強してっていうのも大変だと思うよ。お金もかかるし、なかなか実践を踏めないから、みんなシンセに行くよね。若手の人たち、これから作曲家になるのは大変だよ(笑)。若い人がものすごい勉強して、これちょっと侮れないぞっていう曲を書いてくれたら、それはそれで嬉しいし。
――若手だと、オーイシマサヨシさんくらいですか?
田中:マサヨシ君は色があるよ。星野源君、米津玄師君あたりも良くできてる。ただやっぱりジャンルが限られてるよね。『スター・ウォーズ』みたいな大スペクタクルの曲をオーイシマサヨシに任せたいかっていう。
――確かにピンと来ないですね。さばんなちほーだと世界一だと思いますけど。
田中:それと近頃はポピュラーからも、昔みたいなタイアップじゃなくて、本当にアニメソングを書きたいって言って来るからさ。映画の『ONE PIECE STAMPEDE』のWANIMAさんとか、ヤバイTシャツ屋さんが『ゾロリ』(もっと!まじめにふまじめ かいけつゾロリ)のEDを書いてるし。ONEPIXCEL(ワンピクセル)も『ドラゴンボール超』のEDで来たし、みんな来るんだよ。
だからこの頃はアニソン歌手が大変だよね。ちょっと前に美郷あきさんと話したんだけど、ポジション的に難しくなってきたって。
――「BLOOD QUEEN」(2007年『怪物王女』OPテーマ)辺りまでは順調というイメージだったんですけどね。一方で新しいアニソンシンガーもどんどんデビューしています。
田中:私がNHKの『アニソンのど自慢』で審査員をやった時に、YURiKAと亜咲花の2人にしか10点つけてないんだけど、2人ともアニソン歌手としてデビューしたからね。見る目あるなと思って(笑)。
今後の予定
――改めて40年ぶんのお仕事を振り返ると、ものすごいですね。
田中:全部憶えてるよ。
――通なところで宮村優子さんの『根性戦隊ガッツマン』とかは、私この時『ハートフル・ボイス』(『根性戦隊ガッツマン』の企画連載をしていた声優雑誌)で担当ライターしてました。
田中:私、ガッツブルーだもんな。
――私はガッツ千鳥格子でした。編集部内は変な色ばっかりだったんです。
田中:まぁたくさんやってきたね。11000曲って言ってるけど。
――今年はこの後、どういうことになるのでしょうか?
田中:「ONE PIECE オーケストラコンサート」は延期になって、本当は4月30日に発表するはずだったやつも、緊急事態宣言が明けてからの発表になりました。
「ONE PIECE オーケストラコンサート 田中公平作家活動40周年記念」公演再延期およびチケット払い戻し方法のお知らせ
あとは9月に『新サクラ大戦 the Stage』の再演があって、12月に舞台の第2弾があるよ。それがみんなから見えることで、見えないところでもいっぱい曲を書いているからね。『D_CIDE TRAUMEREI』(2021年)も7月からアニメがあるし。
それと来年からは、王子ホールで定期的にやろうかと思っているんだ。
――非常に楽しみです。ほかに、これから期待してほしい活動はありますか?
田中:海外のコンサートとかも全部ダメだからなぁ。私もどんどん歳を取っているし、ちょっとゆっくりやっていこうかなと思っていますよ。あまりにも走り続けているからね。仕事が来ればやるけど、昔みたいになんでもかんでも取りに行った時代みたいなのはしんどいなと。「これぞ!」というやつだけ選んでやろうかと思っています。
[取材・文/設楽英一]
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