夏アニメ『ピーチボーイリバーサイド』はなぜシャッフル放送を取り入れたのか? 原作ファンをがっかりさせないための制作意図を上田繁監督に聞く【スタッフインタビュー】
通常のオーディションの2~3倍!? 監督がこだわったキャスティングの意図
――今回は声優のキャスティングにも気を配ったと伺いました。
上田:キャストは基本的にオーディションで選んだのですが、オーディション原稿も僕が作りました。通常のオーディションよりも原稿が2~3倍あったので、驚かれた方もいたかもしれません。
――そんなに長い原稿でオーディションを行った理由はなぜですか?
上田:それも作品の要素が多く、様々なシーンが出てくるからです。特にミコト(東山奈央さん)はお話のなかで「女の子に間違われる」とか「声が女みたい」とか、そういうセリフがあるので女性声優にしたかったんです。女性的な声はもちろんですが、鬼を倒すときの凛々しさや、狂気じみた言動も求めました。放送前なので詳しくは言えませんが、ミコトは幼少期のシーンもあるんです。
――幼少期の回想シーンだけ別の声優さんに替える手法もあると思いますが?
上田:もちろんです。ですが、昔のアニメは同一の声優さんが担当するのが一般的でした。ひとりの声優さんが幼少期から大人まで、すべてを担当すると利点が生まれるんです。
――それはなぜですか?
上田:アニメとして、作品の見え方がシンプルになるんです。なので、ミコトの人生をひとりの声優さんにお願いしたかったんです。ミコトの他にキャロット(戸田めぐみさん)も、大きくなったり縮んだりします。それを声優さん自身に演じ分けてもらうのが、『ピーチボーイリバーサイド』でこだわったポイントです。
――上田監督のお話を伺っていると、すべてが計算に基づいて作られているのがわかります。
上田:コロナ禍でアフレコは別々に収録したのですが、皇鬼役の平川大輔さんの声は、声優さんたちの中でも「ぴったりだ」と好評だったのが嬉しかったです。後半に登場する鬼やその他のキャラクターはベテランの声優さんにお願いして、キャラクターの重厚感や奥深さを表現していただきました。なので『ピーチボーイリバーサイド』のキャストさんは、若手とベテランが混ざったバランスのよいチームになりました。
アニメ『ピーチボーイリバーサイド』最大の仕掛けは放映順にあり!?
――『ピーチボーイリバーサイド』はテレビで放送するとき、ストーリー順ではなくてシャッフルされていると伺いました。時系列で放送しない理由はなぜですか?
上田:話すととても難しいのですが、現在進行系の作品なのが最大の理由です。事前に大知さんとシリーズ構成を話し合ったとき、どういったテーマで話を終わらせるかで議論しました。その段階で出版済みのコミック版は第6~7巻までなので、この時点では冒険の結末はまだ描かれていません。だからコミック版をそのままアニメ化すると、中途半端で終わってしまいます。
――中途半端で終わるアニメは、がっかりしてしまいますね。
上田:そしてもうひとつは、コミック版の第1話は冒頭でサリーとミコトが出会い、サリーが旅に出る話で終わります。これをそのままアニメで再現するのは、とてもリスキーでした。
――なぜでしょうか?
上田:アニメ第2話で、いきなり第1話とは異なる別の話が始まってしまうからです。視点がミコトからサリーに移るだけでなく、物語のテーマも替わります。これではアニメ第1話と第2話が、まったく別のアニメになってしまいます。だからアニメ第1話は別のカタチで作りたかったんです。
視点やテーマが替わる手法は、漫画や小説だとまったく問題ありません。でも、アニメはひとりの視点で進めた方がわかりやすくて、特に全12話の短いアニメの場合はなおさらですね。シリーズ構成の大知さんは、「サリーを主人公にするにはどうすべきか?」と、ずっと考えてくださいました。
――サリーを主人公にするのは、決定事項だったのでしょうか?
上田:いや、制作が決まったときは僕以外の大多数の人は、主人公をミコトにするつもりだったと思います。
――上田監督はなぜサリーが主人公だと考えたのでしょうか?
上田:『ピーチボーイリバーサイド』のお話は、サリーとフラウが出会ったところから話が始まると感じたからです。かと言って、アニメがサリーの回想から始まるのも違うかなと思いました。
――確かにお話が動き出すのは、そのシーンですね。
上田:そのような理由があって、この作品の依頼を受けたときから、ずっとシャッフルで進めたいなと思っていました。ですが、とても難しいし、見ている人にどうやって説明するかが問題です。
――それでもシャッフル放送は行うべきと考えてましたか?
上田:はい。少し話が反れますが、アニメ関係者以外の人に『ピーチボーイリバーサイド』のコミックを読んでもらって、意見を聞いたことがあるんです。そうしたら、返ってきた意見がバラバラだったんですね。意見のなかには「時間がなくて途中から読んだけどおもしろかった」という意見もありました。
――途中から読む方もいるのですね。
上田:でもその人は、おもしろかったから第1巻から読み直してくれたそうなんです。そうしたら、「2回目は別の印象を持った」と言うんです。それを聞いて、シャッフルがいいと確信しました。
――『ピーチボーイリバーサイド』はどこから読んでも楽しい作品で、初めから読むとさらに印象が変わる作品ということですか。
上田:それで出版元の講談社さんを交えた打ち合わせでシャッフルのアイデアを伝えたら、「おもしろい!」と言ってくれたんです。さすがに原作者サイドから止められたら中止するつもりだったんですけど(笑)。おそらくですが、打ち合わせに参加したみなさんも、「原作が終わっていないのにどうするの?」と、どこかで不安があったのだと思います。