配信ならではのライブ……楠木ともりさんの答えは——アーティストとして、声優としての新たなステージを魅せた配信限定ソロライブ『Tomori Kusunoki Story Live LOOM-ROOM #725 -ignore-』レポート
7月25日に行われた、楠木ともりの配信限定ソロライブ『Tomori Kusunoki Story Live LOOM-ROOM #725 -ignore-』。朗読と歌を交互に見せていくという新しいスタイルで届けたライブの模様を、詳細レポート!
今回披露した「アカトキ」「sketchbook」「眺めの空」「Forced Shutdown」「僕の見る世界、君の見る世界」「バニラ」は、すべて彼女が作詞・作曲に関わっているのだが、改めてその才能の豊かさも確認することとなった。(※「アカトキ」の作詞は鳴海夏音と、「僕の見る世界、君の見る世界」の作曲は重永亮介との共作)
朗読とバンドによるライブを交互に見せた配信ならではのステージ
20年8月にソロアーティストとしてメジャーデビューを果たしてから、2度目となるオンラインライブ。『リスアニ!LIVE 2021』(2021年2月28日開催)などの有観客で行われたフェスでも、ソロとしてのパフォーマンス力は証明されているのだが、ソロライブとしては、配信での見せ方を追求するというスタンスを取っている。
実際ライブは、かなり前から会場を押さえなければいけないものなのだが、コロナ禍で世の中の状況が見えないなか、中止や延期の不安を感じながら、あるいは感じさせながら準備を進めるより、オンラインでやる決断を早めにして、その分準備をしっかりし、お客さんにもガッカリさせないという彼女が選んだ選択は尊重するし、素晴らしいことだと思っている。
さて、前回『Kusunoki Tomori Birthday Candle Live "MELTWIST"』(20年12月22日開催)では無数のキャンドルに包まれながら歌うという、配信ならではのライブを用意してくれていたが、今回は何を見せてくれるのか……その答えは、詞の朗読が融合したライブだった。
開演時間が近づき、配信サイトにアクセスをすると画面には、『Tomori Kusunoki Story Live LOOM-ROOM #725 -ignore-』と刻まれたプレートが映し出されている。開演時間になり、カメラがそのプレートから徐々に離れていくと、それがドアのプレートであることが分かり、上手から姿を表した楠木ともりが、ドアを開け室内に入っていく……。まさに物語の世界にいざなうような演出だ。
非日常感を少し感じる暖炉のある部屋の中。楠木が本棚から本を手に取り、椅子に腰掛けると詞のリーディングが始まる。歌詞というのは、メロディーがないとまったく別のものに聞こえるものだ。《針が重なる コーヒーを体に流し込み》という慣れ親しんでいたはずの一行目さえも新鮮に響く。彼女が詞を大事に大事に読み上げていくことで、その前向きな世界観に浸ることができた。
詞を読み終わると、本を椅子に置いて静かに歩き出す。彼女の向かった先にあったのはライブステージ。そこでも椅子に腰掛けると、印象的なイントロが流れ始め、グルーヴィに「アカトキ」を歌っていく。ウィスパー気味の歌声がサビになると力強い歌声に変わっていく。朗読のときは言葉や内容が体に響いてきたが、歌になると途端に共鳴感が増すというか、自分の物語になっていく感じがするのが不思議だ。
再び部屋に戻ると、今度は違う椅子に本が置かれている。「sketchbook」の歌詞は、とても詩的で美しい。優しい声で読み終えると、再びステージに戻り歌う。ピアノとアコースティックギターの穏やかな音色に包み込まれながら、それに溶け込むように歌う「sketchbook」は心地よかった。
「眺めの空」の朗読は、歌詞をセリフのように読んでいたのが印象的だった。そして彼女が立ち位置を変えると、ヘッドフォンから聞こえてくる声の方向も変わっていく。まるでその場にいるような臨場感を味わってほしいという思いからの演出だったのだろう。ヘッドフォンで聴いてほしいと事前のアナウンスを守っていたため、そんなこだわりを余すことなく体感できた。
アコースティックアレンジでバラード風に始まった「眺めの空」。途中からは本来のテンポになり、ボーカルもエモーショナルになっていく。朗読のときに込めていた感情を、メロディーに乗せて歌にするとこういう表現になるんだ、という発見もあって面白い。
かなり冷たく閉じた表現で朗読をしていたのは「Forced Shutdown」(2ndEP/21年4月28日リリース)。主人公のヒリヒリとした感情が伝わってくるものではあったが、そのあとの歌の表現も素晴らしかった。楽曲発表以降、特にライブで聴きたいと思っていた一曲だったので、音源のカオティックなアレンジをベースにしたライブが見られたことは嬉しかった。おそらくこのライブのコンセプトがなければ、もっとエモーショナルに、髪を振り乱して歌っていたのではないかと想像してしまうくらい、緊迫感のある歌声だった。
「僕の見る世界、君の見る世界」は、これまでの声のトーンとはガラッと変わる。夜の景色から、一気に爽やかな日中の景色に変わったかのようだ。彼女の発表している曲の中では、かなり「陽」な空気をまとった曲だと思うのだが、ライブもポップで開けた感じで心が晴れ渡るような気持ちになった。
曲を終えると、楠木ともり、そしてバンドメンバーがいったんステージを降りる。
再び部屋に戻った彼女は椅子にあった本を本棚にそっとしまうと、何かに気づいたかのように本棚にあった手紙を取り出し、それを手にステージに戻る……。アンコールのような形で歌い始めたのは「バニラ」。家族や友だち、そしてファンへ向けたバラードを心を込めて歌い上げ、最後に少しだけ微笑みを残し物語を閉じる。
その後、スタッフクレジットが画面に映し出されると、カメラは再び扉の外へ。その扉から彼女が出てくると、今度はカメラに向けて優しく微笑み立ち去っていった。画面が切り替わると、楠木の声と共に言葉が映し出される。
拝啓
いまのあなたに見えている世界が
どうか光に満ちた温かい世界でありますように。
いまあなたが描く世界が、
どうか色彩に溢れた優しい世界でありますように。
タルヒ
彼女の声によって紡がれたこの言葉たちが歌詞なのかどうかは分からないが、8月25日に新曲「タルヒ」が配信リリースされることが伝えられる。さらに、パスワードが分からないと入ることができない謎のサイト「correlatlas.com」がオープンされたことをスタイリッシュに伝えてくるのも彼女らしい。
いつか観客の前でライブをやりたい、というのは彼女自身がいちばん願っていることだろう。ただ、音楽と声優、どちらも一歩一歩成長していきたいんだという強い想いのようなものを今回のライブからは感じることができた。朗読にせよ、歌にせよ、自分の声をどうコントロールして、どうやって表現していくのか。もちろん感覚とか感性というものを大事にしながらだと思うが、人に伝えるための表現力は常にレベルアップしていて、毎回感動と驚きをくれる。そういうワクワクをくれる稀有な存在でありアーティストなのだと、改めて感じたライブだった。
[文・塚越淳一]