“リアリティ”とは、現実そのものではなく、没入できる世界観のこと――実写映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』渡辺一貴監督インタビュー|荒木飛呂彦先生の作品を読んで改めて感じた、創作において大事なこととは?
漫画「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない(第4部)」に登場する人気漫画家・岸辺露伴が主人公のスピンオフ作品「岸辺露伴は動かない」シリーズ。
2020年末より実写ドラマシリーズが放送され、これまでに第3期まで製作されてきました。本シリーズのキャスト・スタッフが再集結し、初の長編劇場作品へ挑む映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』が、2023年5月26日(金)より全国ロードショー!
今回、露伴(高橋一生)は青年時代に淡い想いを抱いていた女性・奈々瀬(木村文乃)から聞いたこの世で「最も黒い絵」を探すべく、パリのルーヴル美術館へ向かいます。そこで露伴は「黒い絵」が引き起こす恐ろしい出来事と対峙することとなるのです。
映画公開を記念し、本稿では「岸辺露伴」シリーズの監督を務める渡辺一貴氏のインタビューをお届け! パリでの撮影や制作過程の様子、渡辺監督が考える“リアリティ”、原作を読んで感じた、原作者の荒木飛呂彦先生からのメッセージについてなど、たっぷりと語っていただきました。
あっという間で夢のようだったパリでの撮影
ーー現在制作中(※3月中旬にインタビューを実施)ですが、心境はいかがですか?
渡辺一貴監督(以下、渡辺):ルーヴル美術館ではコロナでイベントが延期や中止になってしまっていて、私たちの撮影もいつになるか分からない状況がしばらく続いていました。不確定な状況でしたが、私と撮影監督(山本周平氏)で一般の観覧客としてルーヴルに入って下見をして、準備を進めていました。
撮影はルーヴルを楽しむ間もなく、あっという間に終わってしまったので「本当に(パリでの撮影が)終わったのかな?」と実感がないです(笑)。なんだか遠い過去のような、夢だったような気がしています。
ーーその気持ちが、「即視感と高揚感が入り混じる不思議な感覚」という渡辺監督のコメントなのでしょうか?
渡辺:それは2022年秋頃に、初めにパリで撮影した時の感覚です。(※23年3月にもルーヴルで撮影)。実は、ドラマ1期の製作時から「ルーヴルへ行けたらいいね」とスタッフ間では話していました。当時は根拠のない雑談でしたが、なんとなく「できるかも」という予感もあって(笑)。映画化が決まった時は、嬉しい反面、自然な流れだなという感覚もありました。
ーーまさか、予想されていたとは驚きです。
渡辺:ドラマの前から「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」の原作を読んでいたので、ストーリーの面白さやビジュアルのインパクトには刺激を受けていました。1期の時はすでにコロナ禍で実現不可能でしたし、そもそもルーヴルへ行くこと自体が特別なので「映画にできたら良いですよね」と(岸辺露伴役・高橋)一生さんと話す程度でした。
そこから様々な方のご尽力があり、映画の製作が実現しました。撮影自体は日本での撮影の延長のつもりで自然体で臨みました。露伴や京香も、とても自然にパリの街に溶け込んでいると思います。
ーーこれまで渡辺監督が手がけてきた「岸辺露伴」シリーズは、モノクロの原作ですが、「ルーヴルへ行く」はフルカラーでも出版されている作品です。映像化するにあたって、作品からインスピレーションを得たことなどはありましたか?
渡辺:荒木先生の原作はモノクロで読んでも相当のインパクトや臨場感があります。それがフルカラーになったことで、1コマ毎のパワーや情熱が今まで以上にダイレクトに伝わってきりました。
ただ、色や表現そのものではなく、絵に込められているメッセージを抽出して映像化していくのが私たちのやり方だと思っているので、ビビットな色使いはそこまで意識せず、今までのドラマの色調を踏襲しています。
ーー色以外にも、本作は露伴の人生とリンクする特別な物語となっています。先ほど、「ドラマの前から読んでいた」とおっしゃっていましたが、渡辺監督はどのようなところに本作の魅力を感じられましたか?
渡辺:「岸辺露伴」シリーズでは露伴が相手の記憶を読んで謎の本質を追っていきますが、本作は露伴が自分自身の記憶や過去に迫っていきます。露伴がこれまでにないシチュエーションに置かれているのが、本作の魅力のひとつだと思います。
誰しも自分の記憶から思ってもみない欠片が出てくるのは恐怖なのではないでしょうか。自分の過去を遡るというのは、見てはいけないものを覗きに行くような、究極の恐怖であり、究極の好奇心でもあると思うんです。 露伴は好奇心の塊なので、気になったら見にいかずにはいられないという性(さが)があります。そんな露伴が自らの記憶と対峙したときに果たして何が起こるのか…。これまで露伴が見せたことのない迷いや選択が出ているのが今回の物語の魅力だと思います。
ーー本作では、原作にはいないキャラクター、ルーヴル美術館で見つかった収蔵品の調査員「辰巳隆之介(安藤政信)」が登場し、物語が追加されていますが、脚本の小林靖子氏にはどのような依頼をされましたか?
渡辺:「物語の鍵になる奈々瀬と山村仁左右衛門の過去を膨らませていただけませんか」とお願いしました。原作だと、奈々瀬の過去に言及する部分は多くないのですが、「そこを掘り下げることが今回の物語の肝になるのでは」と小林さんにお伝えしたところ、感動的なエピソードにしていただけました。
“リアリティ”とは、現実っぽさではなく、世界観に没入できること
ーー露伴といえば、「『リアリティ』だよ! 『リアリティ』こそが作品に生命(いのち)を吹き込むエネルギーであり、『リアリティ』こそがエンターテイメントなのさ」という名言が有名ですが、今回、渡辺監督が追及した“リアリティ”について教えてください。
渡辺:映像作品のリアリティとは現実そのものではなく、見ている人がその世界に納得できることだと思っています。“リアリティ”という言葉は幅広い意味で使われますが、映像作品の場合、「現実世界がそのまま投影されている」ことではなく、「違和感なく物語に没入することができる」ことが、皆さんの言う「リアリティがある」表現だと考えています。露伴」の世界はもちろん現実そのものではありませんが、「もしかしたらこんな話が本当に起こるかもしれない」と見ている方に感じてもらえるような世界観を作ることが私にとってのリアリティだといつも思っています。
ーーパリというと華やかなイメージを持たれる方が多いと思いますが、本作のビジュアルを見て、暗めの天気や薄暗い佇まいから「とても馴染んでいてリアルだな」と感じていました。
渡辺:まさに、そういうことです(笑)。
ーー(笑)。ドラマを見ていた時から、ヘブンズ・ドアーの紙をめくる音もリアルだなと感じていました。本作では、どのようなことを意識してSEを加えられていますか?
渡辺: 例えば、雑踏の中で財布を落とした時、現実世界では落ちた音は聞こえてきません。ですが映画では、落ちた財布の音を強調させたい場合、その音だけを大きくして見ている方の興味を引くことができます。
ヘブンズ・ドアーの紙をめくる音もそうですが、今作では「焦点を当てたい対象」に関しては実際に聞こえる音より強調していることが多いです。「リアル」ではないですが、それが違和感なく溶け込めば「リアル」ということになると思います。
背景の音を少なくして、紙をめくる音を大きくすると、見ている人が露伴に触られているような気持ちになれたり、めくっている露伴の気持ちにもなれたり。普段よりも音の強弱にメリハリをつけているのが、この作品の特徴だと思います。
ーーでは、CG面はどのように考えられていますか?
渡辺:もちろんCGの力は大切ですが、使用箇所を最小限にして、できるだけ手作りでやりたいと考えています。たとえばヘブンズ・ドアーをもCGにしてしまうと、露伴は相手の顔に触れなくなってしまう。一生さんが直に触っているからこそ出せるニュアンスや表現があると思うので、できるだけアナログな方法を追求した方が、「よりリアリティある表現」に繋がるのかなと思います。
ーー今回の物語の鍵となる、この世で「最も黒い絵」。その“黒さ”を、どのように表現されていますか?
渡辺:「黒」と一言で言っても色々あると思います。光を反射しないのが物理的には「最も黒い絵」かもしれません。けれど主観で捉える“黒さ”は人それぞれで。露伴が追求する「黒い絵」の本質は物理的な「黒」ではなく、込められた思いや積み重ねられた歴史によって増幅された、観念的な「黒」だと考えています。。
そもそも「岸辺露伴」シリーズは、当初から「黒を大切に表現しよう」という思いが創作上のベースにありました。特に今回は露伴も担当編集の泉京香(飯豊まりえ)も黒ベースの衣裳ですから、画面の中で更に黒が象徴的になるかと思います。スクリーンならではの濃淡の違う黒を見せられるような仕上がりにしたいですね。