沼田ゾンビ!?が描く多様な「カワイイ」の形。暗い感情も含めて自分を受け入れていく
SNSにはキラキラとした「カワイイ」が溢れている。憧れのように注目を集め、反応が数値化されていく。しかし、同時に表に出てこない「カワイイ」への妬みや諦めも存在するだろう。割り切れない感情を持つのが人間だ。
多くの歌い手やボカロPのジャケット・MVを手掛けるイラストレーター沼田ゾンビ!?が、初めての個展で取り組んだ様々な「カワイイ」の表現。そこには一般的な「カワイイ」とは異なる切り口が織り交ぜられていたが、だからこそ割り切れない感情を肯定してくれるようなメッセージがあった。
作品制作への意識を伺うなかで、なぜ沼田ゾンビ!?の「カワイイ」が多くの人の心を照らしたのかが見えてきた。
絵師・沼田ゾンビ!?公式インタビュー
これまでで一番「素」を出せた
──初めての個展はどうでしたか?
沼田:あっという間に過ぎてびっくりしています。思っていたよりも来場者が個展の世界観にのめり込んでくださって、すごく嬉しい気持ちです。
──SNSでも多くの感想が投稿されていましたね。
沼田:個展に出したキャラクターのイメージカラーの服で来場された方もいたんですよ。そういった事前準備がとても嬉しかったですね。
──個展での作品制作は、普段の歌い手やボカロPのジャケット・MV制作と何か違いがありましたか?
沼田:普段より自然体でしたね。もともと誰かの作品に寄り添うよりも、自分で世界観をつくって自由にキャラクターを動かす方が活動の基本でした。今回はこれまでで一番「素」を出せたと思います。
来場者に《宮下くん》の日常を体験して欲しかった
──会場に入ると《魔法天使ちゃん》の存在感に圧倒されました。
沼田:実は制作に二ヶ月かかってまして...。フュギュアを参考にしつつ「そこに本当に立っているか」を追求しました。自然な重心の立ち姿やスカートのフリル感など、最後までこだわりました。
──二階へ上がると床が一面真っ赤で驚きました。なぜ青白い光の一階とは違う雰囲気にしたんですか?
沼田:一階にいる《魔法天使ちゃん》や《宮下くん》は現実とは別の世界で生きているので、来場者が「どれぐらい今までの世界から切り離されるか」にこだわりました。逆に二階はイラスト自体の細かなこだわりを見ていただくために、明るくシンプルな空間にしました。
──確かに、一階は音が流れていますが二階は無音でしたね。
沼田:一階では映像作品の音楽の中に《魔法天使ちゃん》の声が流れるようにしていて。「生活の中で突然女の子に声をかけられる」という《宮下くん》の日常を、来場者が体験できるようにしました。
──来場者が《宮下くん》になるという。
沼田:そうですね。《宮下くん》の部屋も自由に座ったり触ったりできるようにしていて。自分の部屋のように扱って欲しかったというのもあります。
「カワイイ」になれないことに敗北感を感じて欲しくない
──個展のテーマ『CHIMERA -キメラ-』には、どのような意味が込められていますか?
沼田:日々考える機会が多かった「カワイイ」に対する様々な思いを託しています。大きくは3つで、自分が信じる最強の「カワイイ」の形と、キラキラしたSNSの中にあって正解がぼんやり決まっている「カワイイ」の形。あとは、そのどれにもなれない自分の形です。
──別々の形が存在しているんですね。
沼田:それら3つの混ざり方によって、「カワイイ」に対する様々な感情が生まれてくるんです。崇拝だったり、憎く思ったり、逆にボコボコに殴られて振り回されたりとか。
──それが『キメラ』であると。
沼田:ごちゃごちゃとした不安定な感情を自分という一つの個体の中に収めないといけないという意味で、この言葉を選びました。
──展示に登場した4キャラクターについても教えてください。まず《魔法天使ちゃん》はどんな存在ですか?
沼田:《魔法天使ちゃん》は、沼田ゾンビ!?が考える最強の「カワイイ」子ですね。天使なのでトイレに行かず、誰かを好きになったり嫌いになったりもせず。よこしまな感情を一切持たないキャラクターです。
──《魔法天使ちゃん》は最も妄想側にいる存在ですよね。《桃αちゃん》はどんなキャラクターですか?
沼田:《桃αちゃん》も最強の「カワイイ」子ですが、《魔法天使ちゃん》よりも少しエロティックかもしれません。筋骨隆々でラバースーツを着る人間と一緒でも《桃αちゃん》の方が主導権を握れるよ、という存在です。
──二人の「最強」に共通点はありますか?
沼田:自分が考える最強の「カワイイ」子って、SNSをやってなさそうな子なんですよ。承認欲求もないし、劣等感もない。やっぱり「カワイイ」でいたいなら、SNSを始めないにこしたことはないのかなぁ...と思います。
──《海の種》はどんな存在ですか?最も現実に近いキャラクターですよね。
沼田:《海の種》ちゃんは、一般的な「カワイイ」とは水と油な関係なんですけど、それを自覚してすごく足掻いてて。だからこそ全く別の「カワイイ」を自分で見つけて欲しいという感情を抱いて生んだ子です。
──特に表情は悲しそうでないことが印象に残ってます。
沼田:ぜんぶ笑顔にしよう、ということは考えてました。「カワイイ」になれないことに敗北感を感じて欲しくないので。
──二階を訪れて驚いた来場者も多かったのではないでしょうか。
沼田:順路の中で突然リアル調の絵を置いてびっくりさせたかったというのはありました。でも一般的な「カワイイ」とは違う女の子があの空間にいてくれて救われたという声も多く頂いて。一つの「カワイイ」を正解としてしまわず、ごちゃごちゃでも色んな形を一つの個展で出せてよかったなと思います。
どうしても混ざっちゃう暗い自分を無視しておけない
──《ボブの女の子》はどんなキャラクターですか?
沼田:《ボブの女の子》は自分の心の油汚れを流したいときに描くキャラクターとして生まれました。最近は裸で描くことが多いですね。服を選んで着せちゃうと沼田ゾンビ!?の自我が現れる気がしてしまって...。
▲『接ぎ木』
──沼田さんの絵には、血などグロテスクなモチーフがよく用いられていますよね。
沼田:理想は「カワイイ」ものばかり集めて描きたいし、自分もその「カワイイ」になりたいのですが、やっぱり現実の自分はそんな人間じゃない。そういう自分を置いていけないというか、どうしても混ざっちゃう暗い自分を無視しておけないので、一緒に描いている部分はあります。
──絵を描くことは、ありのままの自分を見せられる表現になっていますか?
沼田:そうですね。言葉を使ってコミュニケーションをとることが苦手なので、絵を描いて見てもらうことで楽に自分をさらけ出せてありがたいなと思っています。パーソナルな部分を見せられることも嬉しいですね。
──最後に、今後やっていきたいことを教えてください。
沼田:ゲームを作りたいです!あと曲も自分で作って、自分の世界観のMVを作りたい。創作面で色んなところに挑戦していきたいです。
プロフィール
沼田ゾンビ!?
イラストレーター。主に楽曲MVや楽曲イメージイラストを手掛ける。個人の作品には「きずだらけの白髪ボブの少女」や人間の妄想で生み出された「魔法天使ちゃん」が頻繁に登場する。
グロテスクで猟奇的なモチーフを好む反面、幼くかわいらしい少女の絵にも力を入れている。今回自身初の個展『CHIMERA -キメラ- 』を開催。
代表作品はAdo 配信シングル「ギラギラ」ジャケット・MVイラスト映像制作、配信シングル「永遠のあくる日」ジャケット・MVイラスト映像制作、Ado 1st アルバム収録曲「ラッキー・ブルート」MVイラスト制作、ボカロP じん「GURU」MVイラスト制作、水槽「はやく夜へ」MVイラスト映像制作、てにをは feat.星界「お行儀よくね」MVイラスト制作など。