「私の中では今までにない質感の曲ができたと思っています」――10周年を超えた今、新たな扉の先で紡がれるAimerの音世界。『からかい上手の高木さん』主題歌含む珠玉の4曲が一枚のE.P.に／Aimerさんインタビュー

「遥か」のボーカルはあえて声量を抑えて、全面に出て主張するより、曲の描く風景に交わることを意識

──レコーディングはどのような気持ちで挑まれたのでしょうか？

Aimer：歌い方もいろんなアプローチができたんですけど、いつもならサビは声を張って歌っていたところを今回はあえて声量を抑えて表現してみようかなって。全面に出て主張するよりも、曲の描く風景に交わるような、そういうボーカルが良いなと思っていました。
　
それと、自分っぽい曲を作るのではなく、そこからあえて離れて、風景が見える曲に重点を置いて制作したらどうなるのかな？というのは意識していました。それはひとつの裏テーマでもありましたね。

──あえて自分らしさを気にせず、あくまで作品の世界観に寄り添ったということですね。それが今、できたのはどうしてだと思いますか？

Aimer：ずっと音楽を続けてきた中で……良い曲を作ることができるのなら“自分らしさ”にこだわらなくても良いなと思う瞬間もあったんですね。だから、今回はいろいろなこだわりを置いて、『からかい上手の高木さん』の世界で作ってみようという部分はありました。

──Aimerさんにとってその挑戦はどういったものだったのでしょうか？　「挑んでやるぞ！」と力んだものだったのか、肩の力を抜いて「楽しんでみようかな」という感覚なのか。

Aimer：どちらかというと後者かもしれません。これまでもいろいろなクリエイターさんとご一緒して曲を作っていく過程で、新しい表現の道筋を見つけていった感覚があったんです。自分の中ではそういうことの延長というか、その時々のモードや想いに従ってみようかなと。
　
もしかしたら、昔だったらできなかったことかもしれませんが、長く続けてきて自然とできるようになりましたね。なによりも“良い曲”ができることが一番かなと。そこにこだわりたいなと思いますね。

──田中ユウスケさんとのクリエイトがAimerさんの新たな道のりを照らしてくれていたんですね。

Aimer：そうなんですよ！　「遥か」という楽曲では、その部分も大きかったです。ユウスケさんとは今回、直接お会いしたり、お話ししたりはできていないのですが、同じ事務所の大先輩でもあるので、プロデューサーの玉井さんを介してコミュニケーションをとり曲を作っていきました。
　
実はライブも見に来てくださっていたんです。今回、初めてご一緒できてすごく個人的にうれしかったです。

──その挑戦を経て、Aimerさんの中で得たものというのはすごく大きかったのではないでしょうか。

Aimer：やっぱり、この「遥か」という曲は自分の中でも新しい雰囲気を纏っている曲なんです。それがリスナーの方にどう伝わるのかは分からないですが、少なくとも私の中では今までにない質感の曲ができたと思っています。そういう方向の扉が開けたことは、とても大きな収穫だったなと。

──“でたらめな誓いで生きてく日々”という言葉が、個人的にすごく印象的に残り、想像力を掻き立てられました。歌詞は田中さんとの共作ですが、どのような想いを込めて紡がれたのでしょうか。

Aimer：もともとのデモについていた歌詞がすごく良かったんですよ。その世界観をそのままお借りしたいなと思って、一部、そのまま使わせて頂いている部分もあります。“でたらめ”の部分はまさに元々入っていました。
　
これまでの制作でも、そういうことはあったんです。メロディが生まれる時に、自然と降りてきた言葉だと思うんです。そこからイメージが湧くということも多いですね。曲にする際に手直しさせていただいてはいるのですが、私も“でたらめな誓いで”ってすごく素敵な表現だなと思っていました。

不条理な世界の景色

――続いて、映画『マッチング』主題歌「800」の制作プロセスについてもおうかがいさせてください。

Aimer：最初にラフなプロットをいただき、それを読んでから制作に取り掛かりました。『マッチング』はマッチングアプリを介して、そこから物語が不穏な方向に進んでいきます。
　
これをどう音楽にしようかなと考えた時に、「不条理」というテーマが思い浮かびました。マッチングアプリというひとつの新しい存在によって幸せになる方もいる一方で、誰も望んでいないのに意図せずに傷ついてしまう方がいる。
　
それってこの作品だけではなく、いろいろな場面で起こりうるものだと思って。自分でコントロールできない不甲斐なさや、やるせなさを抱えつつも、見つめることしかできないって日常の中にでもあるよなと。
　
それを間近で感じると、“自分の中で、何が嘘で何が本当なのか”心が乱されて分からなくなってしまう。不条理はコントロールできないけれど、自分の心であれば、本来は自分がいちばんコントロールできるはず。でもそれができなくなってしまう……。
　
それを捉える心の模様と言いますか。不条理と“何が嘘で何が本当なのか”という状態を音楽にできればいいなというところから作りました。自分自身も、そういう状況になって揺れ動くことはあるんです。でも、自分自身の気持ちを信じることを大事にしたいなと思いますね。

――人の気持ちってシンプルではあるんですけども、とても複雑ですよね。でもやっぱり、大切なのは自分がどう見えるかで。

Aimer：世界も「自分がどう見るか」で変わるし、正直、それでしか世界は変わらないんじゃないかな？と思う時もあります。結局は自分の内なる嘘と本当を、自分で見定められずに佇んでいるというか。そういう景色が見える曲にしたいなと思っていました。

――そういう意味では、「800」も景色がひとつのポイントになっているのでしょうか。

Aimer：そうですね。「遥か」のように実態の海が見えるような、そういった景色の描写はありませんが、音像から心の不穏やざわざわしている様を表現しています。張り詰めた感じが伝わるといいなと思いますね。

――「800」でも挑戦的なところはありましたか？

Aimer：思い立った挑戦というよりは、それこそ先ほど話した「遥か」で描けなかったような自分らしい部分の味をあえて濃くしようかな、というのはありました。

――全然違うかもしれませんが、アヴリル・ラヴィーンのような、そういう雰囲気を感じ取ったんですが、そこはどうでしょうか……？

Aimer：ああ！　たしかにアヴリルやエヴァネッセンスなどの音像みたいなのは、制作中の会話でもちらっと出ていましたね。

――この2曲だけでも正反対の曲ですよね。それこそ美術館で言うと、順路がすごいことになりそうな……。

Aimer：全然違う階のような（笑）。自分のモードが全然違う曲たちです。