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- わたなべみきこ
- 出産を機にライターになる。『シャーマンキング』『鋼の錬金術師』『アイドリッシュセブン』と好きなジャンルは様々。
遠藤達哉先生による人気のホームコメディ漫画『SPY×FAMILY』。凄腕スパイの父・ロイド、殺し屋の母・ヨル、超能力の娘・アーニャが互いの正体を隠しながら仮初の家族として暮らす日々が描かれています。
ユニークな設定と血縁のない彼らが少しずつ本物の家族になっていく姿が魅力の本作は、その人気から2期にわたるアニメ化に加え、3期の制作決定も発表されたばかり。この他にもアニメ映画化、ミュージカル化と様々な形で展開されています。
筆者も『SPY×FAMILY』が大好きで、原作漫画、アニメ、ミュージカル、映画と各コンテンツを楽しんでいるのですが、作品に触れるたびに思うことがひとつ──なぜロイドはヨルの正体に気づけないのか、と。
そこで改めて原作を読み返し、その原因を考察していこうと思います。
オペレーション<梟>(=家族を作りイーデン校の懇親会に出席して標的の動向を探る任務)のためにヨルと婚姻関係を結んだロイドですが、その任務の難易度の高さが彼を知らず知らずのうちに妥協させているのではないでしょうか。
まず任務の第一歩である“短期間で家族を作ること”が高難易度案件。子どもは孤児院からもらってくればよかったものの、妻役というのはそう簡単にいくものではありません。
ヨルとは仕立屋で出会いますが、ロイドはたやすく自分の背後を取り、視線を気取る彼女を「勘の鋭い奴は少々キケンだ」と一度は警戒しているのです。普段のロイドであればこの時点で彼女を妻役候補から外していたでしょう。
しかし、妻役が必要となるイーデン校の面接試験日は迫っており、さほどの猶予もありません。そんな切羽詰まった状況ゆえに、偶然にも(実際にはアーニャが間を取り持って)利害関係が一致したヨルを妻として迎え入れることにしたのです。
妻役となったヨルはアーニャとも良好な関係に。すっかりフォージャー家の一員として定着しており、今更母親役を変えることは考えられません。
<梟>の任務では精神科医の父親役を演じるロイドですが、それと並行して、単発で追加される数々の任務をこなしており、その生活は多忙を極めています。忙しすぎるあまり正常な判断ができなくなり、ヨルの正体に気づけないのではないでしょうか。
例えば、出会ったばかりの頃、ヨルの頼みで恋人役でパーティに参加しますが、直前まで別任務にあたっていたため、<梟>の任務と混同してしまい、恋人ではなく「夫です」と自己紹介するという、彼らしくないうっかりミスをしてしまいます。
この直後、ヨルが毀れそうになった大皿のグラタンを足だけで見事に受け止めたり、その帰りに襲ってきた輩をひと蹴りで吹っ飛ばしたりと常人離れした足技を見せるのですが、ロイドは疑問を抱くことなくすべてスルー。これも忙しすぎて正常な判断ができなかったと考えられます。
ロイドの多忙は所属する西国諜報組織“WISE”の人手不足によるもののようですが、ロイドがいくら有能なスパイとはいえ、あまり忙殺しすぎるのもよくないようです……。
ヨル自身が正体を隠すのが上手であることもロイドが気づけないでいる理由のひとつでしょう。明確な年齢は明かされていないものの、おそらく彼女は10代前半くらいから暗殺者としての生活を送っている模様。そのため、自然に裏の顔を隠して過ごすことは彼女にとって造作もないことなのです。
ロイドと結婚するにあたり、ヨルは秘密裏に身辺調査をされていますが、「怪しい点はない」という結果が出ており、結婚後にロイドが彼女に盗聴器を仕掛けたり、保安局員を装って揺さぶりをかけたりしても彼女からボロが出ることはありませんでした。
さらに、彼女の性格も真の姿をカモフラージュしています。誰に対しても敬語を使い、常に物腰は柔らか。天然で少々ズレたところはあるものの、明朗で控えめな性格は、何十人もの敵を1人で全滅させてしまう<いばら姫>の姿とはほど遠いです。
ロイド自身も、おっとりとした彼女の性格に心地よさを感じたり、毒気を抜かれたりしています。普段のヨルの姿(身体能力を除く)からその正体を見破ることは難しそうです。
物語が進むにしたがってどんどんヨルに情が芽生えていっているロイド。そのため、無意識のうちに裏の顔がある可能性を排除してしまっているのではないでしょうか。ロイドが抱くヨルへの気持ちの変化は物語の随所に描かれていますが、筆者が決定的だと感じたのは原作第82話。
別任務にあたっていたロイドは、WISEの天敵である国家保安局に所属するヨルの弟ユーリに変装した姿でユーリ本人と交戦することに。普段であれば容赦なく殺してしまうか、あるいは重傷を負わせるはずのロイドが、ユーリを相手に一瞬躊躇します。最後は気絶させたものの、致命傷になるような大きな怪我を負わせることはありませんでした。
その後無事に任務を終えて帰宅したロイドは、ヨルの笑顔を見て緊張が解け、力が抜けて床にへたり込んでしまいます。自宅に帰り、妻の顔を見てホッとするなんて、まるで本物の夫婦のよう。いつの間にかフォージャー家がロイドにとってホッとできる家庭になってしまっているのです。
ヨルの正体が明らかになってしまったら、もちろんこの家族はいっしょにいられなくなってしまいます。家族を持ってから良い意味でどんどん人間臭くなっているロイド。頭ではヨルの違和感に気づきながらも、家族として一緒に過ごしたい気持ちから無意識にその可能性を排除してしまっていてもおかしくありません。
正体を知ったうえでヨルの身体能力の高さを見ていると、「ロイドがポンコツだから気付けないのでは?」とも思ってしまいますが、決してそうではありません。
ロイドはユーリが初めてフォージャー家を訪れた際、その会話からユーリが保安局員だということを見抜きました。このことは彼が優秀なスパイである何よりの証拠であり、それと同時にそんな有能なロイドでさえ見抜けないほどヨルの擬態力は優れているということ。
さらに、彼女の所属する東国暗殺組織“ガーデン”も、ロイドは「半分都市伝説みたいなもの」と言っており、その存在は見事に隠蔽されています。“WISE”と“ガーデン”は同格の力を持った組織と見て間違いないでしょう。
WISEの女性諜報員<夜帷(とばり)>。冷酷な表情の下にロイドへの熱すぎる恋心を持つ彼女は、フォージャー家の妻の座を虎視眈々と狙っており、ヨルにもたびたび接触しています。
その中でテニス対決をするのですが、本気を出しすぎたヨルがテニスボールをラケットで粉々にしてしまったり、音よりも速いボールで夜帷のラケットを粉砕させたりとその人並外れた身体能力を夜帷自身が体感しているのです。
彼女もヨルの異常さに気づいてよさそうなものですが、ロイドへの熱い想いとヨルへの嫉妬心で理性を失っているため、気付くことができていません。冷静な夜帷であればその違和感に気付けたでしょう。恋は人を狂わせるということですね……。
今回、ロイドがヨルの正体に気づけない理由を考察してみましたが、ヨルは有能なスパイであるロイドでさえ見破ることができない優れた擬態力を持った人物であることが改めてわかりました。
お互い敵対する組織に所属しているものの、どちらも平和な世界を望んで暗躍するフォージャー夫妻。確かに家族愛が芽生えている彼らが互いの正体を知ったとき、物語はどう展開していくのでしょうか。まだまだ『SPY×FAMILY』から目が離せません。
1990年生まれ、福岡県出身。小学生の頃『シャーマンキング』でオタクになり、以降『鋼の錬金術師』『今日からマ王!』『おおきく振りかぶって』などの作品と共に青春時代を過ごす。結婚・出産を機にライターとなり、現在はアプリゲーム『アイドリッシュセブン』を中心に様々な作品を楽しみつつ、面白い記事とは……?を考える日々。BUMP OF CHICKENとUNISON SQUARE GARDENの熱烈なファン。