『劇場版モノノ怪 唐傘』中村健治監督インタビュー|TVシリーズから指揮する中村監督が劇場版に込めたメッセージとは?
2007年にTVアニメが放送され、独特な世界観と圧倒的な映像美で話題になった『モノノ怪』が劇場版に! 『劇場版モノノ怪 唐傘』が2024年7月26日(金)より全国公開されます。
アサ(CV.黒沢ともよ)とカメ(CV.悠木 碧)が新人女中として足を踏み入れた大奥。多くの人々の情念や怨念が渦巻く“女の園”に現れた薬売りは一体何を感じ取ったのか……?
アニメイトタイムズでは、劇場版公開を記念して、監督を務める中村健治さんに、劇場版のテーマや制作時の裏話、キャスティングのポイント、見どころなどを語っていただきました。
劇場版のテーマは「合成の誤謬(ごびゅう)」
ーー先日、薬売り役の神谷浩史さんから監督のお話を伺ったのですが、直接お会いしてかなり印象が変わりました。
中村健治監督(以下、中村):僕、意外と普通なんですよ! でも、印象はふたつに分かれますね。「変だ」と言う人も確かにいますし(笑)。どうやらオンとオフの状態でかなり性格が違うらしいんです。今はインタビューなのでオフですけど、基本的に普通なので、「普通」と書いておいてください(笑)。
ーーでは質問に入ります(笑)。まずは今回の劇場版で、大奥を舞台に設定した経緯をお聞かせください。
中村:最初のほうに何度か企画会議を行いまして、その時に「何かを決めたほうがいいよね?」という話になったんです。僕がいくつかアイデアを出したうちのひとつが大奥で、みんなも賛同してくれて。女中さんがいる大広間に、薬売りだけ立っているビジュアルがありましたよね。そのレイアウトを僕がホワイトボードに描いて「どうだ!」みたいな(笑)。「カッコよくないですか?」と尋ねたら、みんなが「いいね!」と言ってくれて決まりました。最初は取っ掛かりがなかったので、ビジュアルからスタートしたんです。
ーー今作を制作する際に、意識したテーマはありますか?
中村:テーマは「合成の誤謬」です。元々は経済用語で、例えば、景気が悪くなった時に個人としては出費を抑えるのが正しいですけど、国全体で見れば、出費が抑えられると流通するお金の総量が小さくなって、経済は悪くなっていく。その結果、みんながお金をもっと使わなくなるので、更に状況が悪化する……という状態みたいな事です。どちらの側面も正しくて、集団としては全体を改善するために「お金を使え!」と言うでしょうし、個人からすれば「そんなことはできない! 誰が自分の生活を保証してくれるのか」と考えるわけです。「個人」と「集団」は常にズレ続けるんですよね。それが一致するというのは、もはや幻想だと思っています。社会から見た「普通」を「確かに!」と思えない人はズレができて、やがて病んだりストレスがたまる。その「集団」と「個人」がズレたところに起きる“モヤっとしたもの”が妖怪と合体して、モノノ怪になるという流れが良いかなと思って、今回は作品をデザインしました。
ーー今の日本の状態をそのまま表しているような。
中村:そうかもしれません。ただ、日本だけに当てはまるわけではなく、ギリシャが都市国家を作った時からほころびの発端は存在したんだと思います。『モノノ怪』のTVアニメを作ったのは2007年。同じ年の1月にiPhoneが発売されて、Twitter(現在のX)のサービスも始まって。それまでは個人の声を発表する場が少なく、一部の有名な人たちが本を書いたり、TVのコメントに対して、世間の人々が「ああでもない。こうでもない」と言ったりしていました。今は個人でも意見の鋭さで目立っていけるし、バズれる時代ですが、沢山の人達の声が大きくなるにつれて、ズレて苦しんでいる人も発見されやすくなった。たぶん昔からズレてはいたと思うんですよ。それがやっと見えるようになったのは悪いことではないと感じていて、発見されることで救われるケースもある気がします。
過去の作品はそういう“隠された声”をすくい上げるものでしたが、今回の作品では、みんなの中で暴れている感情を斬って鎮めてあげる、「落としどころを考えようよ」という作品になっている……はずです(笑)。
作中で描かれる水と宗教の関係性
ーー『モノノ怪』としては初の劇場版ですが、制作過程で難しかった点や大変だった点などをお聞かせください。
中村:単純に時間が長い!(笑) こんなに大変とは思っていなかったです……。TVシリーズは、全体を見つつ、各話20分くらいの中で起承転結が作られていきます。将棋に例えると、5手先くらいまで考えればいいわけです。一方の劇場版は、百手先まで考えなければいけないレベルの差があって、頭がパンクしそうになりました。不具合が起きた時の影響も見えにくいですし、さかのぼる数も多い。それを1日何回も繰り返すので、とても疲れます。だから、世の映画監督の方々を僕は尊敬します。
正直、最初はTVシリーズが少し長くなったくらいにしか考えていませんでした。そんな自分の苦しみが周囲に伝わらず、「なんで中村さん、そんなに時間かかっているの?」と言われて、「うぬぬ……」と言い返せなかったのが辛かったです。僕よりも上手くやっている人は世の中にたくさんいると思うので、自分は大変になっちゃうタイプなんだなと。
ーー制作の大変さは、登場人物の多さとも関係しているのでしょうか?
中村:それはあるかもしれません。「誰をどこまで見せるか」という点には、とても気を遣いました。もちろん主役の薬売りが大事ですけど、キャラクターへの愛情が自分は均等なタイプなんです。尺に限界があるものの、既に思い浮かんでいる描写を削らなければいけないのは、少し可哀想だなと。
ただ、こんなに大人数でコンテンツを制作する経験は初めてだったので、みんなが小さな成果物を上げてくれる日々は幸せでした。それで十分楽しめましたし、ウキウキと嬉しかったです。あっ、今もウキウキしてますよ(笑)。
ーー(笑)。大奥の人々が水を崇めるシーンも印象的でしたが、これはどんな発想から生まれたのでしょうか?
中村:僕の記憶が正しければ、企画プロデュースの山本(幸治)さんが「宗教みたいなものを取り入れたらどう?」と言い出したんです。僕は最初「えっ!?」と思ったけど、途中から「いや、それはいいぞ!」と思い始めて。「集団」のルールをどうキャラクター化するのかを考えた時、宗教みたいなものかもしれないなと。教祖まではいかなくても、日常的に「この人が雰囲気を作っているな」と思う瞬間があるじゃないですか。そのカリカチュア(戯画)というか。暗喩としていいなと思って、採用しました。また、調べていく中で、大奥の中だけで密教的なものが流行っていた時代があることもわかって。それらをヒントにしつつ、合体させた感じです。
ーー水を宗教にするという発想もユニークですね。
中村:モチーフにした瞬間、見え方が変わりますよね。水は動くので、例えばAさんがBさんに圧力をかけている、AさんがBさんに洗脳的な力を入れているとか、全部水の動きで表現できるんです。誰かが飲ませる、誰かが飲んで、臭い水を受け入れると臭くなくなってしまうなど、様々な描写に使えるなと。加えて、雨との相性も非常に良くて。今回は、全体を水で綴じていこうと考えていました。