ネタバレありで物語の秘密に迫る!伊藤智彦監督が語る『劇場版 ソードアート・オンライン(SAO)』をもう一度観たくなるような制作秘話
現在公開中のアニメ映画『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』(以下、劇場版SAO)。全国各地のスクリーンで公開されてから5週間が経過した現在、国内劇場観客動員数160万人&国内興行収入も23億円を突破する大ヒットとなっています。
そこで、公開前に行ったインタビューに続き、大ヒットを受けての心境を監督・伊藤智彦さんお伺いしました。今回はネタバレありで、映画の深い部分まで語っていただいていますので、まだご覧になっていない方はご注意を……!
――『劇場版 SAO』の大ヒット、おめでとうございます。監督は、このヒットを予想していましたか?
監督 伊藤智彦さん(以下、伊藤):ヒットするかどうかという点でいえば、作品の良し悪しだけでなく、宣伝の仕方や、時の運が大きく絡みます。今回は、ほかのビックタイトルが少ない公開時期に初日を迎えたことや、春休みも重なるタイミングだったことが、たくさんの方に観ていただける要因だったのではないでしょうか。
――個人的な感想になってしまいますが、劇場に来ているお客さんの男女比が、従来のアニメ映画に比べて平均的だと感じました。原作は男性がメインターゲットの作品だと思うのですが、もともと女性ファンの獲得というのは考えていたのでしょうか?
伊藤:はい。お話の通り、原作の『SAO』は男性ファンが多い作品です。ただ、恋愛という女性に人気の要素も濃く、きっと男女両方が楽しめる作品だとTVアニメシリーズ制作の初期段階から話が出ていたんです。そこで、キャラクターデザインの足立慎吾さんから「女性が観ても下品と思われないデザインを心がけましょう」という提案をして頂いたり、細かな部分で女性ユーザーを意識しました。そういえば、劇場版に関してはプロデューサーから「デートムービーでお願いします」という司令が直々に出たりもしましたね。
――デートムービーですか?
伊藤:ちょっと古い作品ですが例えるなら、『アルマゲドン』みたいな感じでしょうか。しっかりとしたエンターテイメントの要素があり、恋愛要素も楽しめる。男性も、女性も観に行きやすい映画にしたいという考えで、劇場版を作っていきました。
――今回は”ネタバレ有り”ということで、前回よりも深く映画の内容に踏み込みたいと思います。まず、監督として「このシーンはこだわった!」という部分をピンポイントで教えて頂きたいです。
伊藤:こだわりというか、単純に、みんなの労力が重なったのは、やっぱりラストバトルでしょうか。あのシーンは、本当に全員が全力を振り絞って作ったので、俺が何をするでもなく、いいものに仕上がっていました。
――なるほど。そのラストバトルを含め、バトルはどのシーンもとても迫力のある映像で、なんど観ても新しい発見があります。特に、キャラクターの動きは細かい部分まで作りこまれていて、見ごたえがあると感じました。
伊藤:そこは、アクションを担当するアニメーターをはじめ、美術、仕上げ、3D、そして、絵のフィニッシュを作り込む撮影さんの細部までこだわっていたという活躍あってこそですね。
――ああいったキャラクターのリアルな動きというのは、実際に動く人間を撮影し、トレースするといった方法も使っているのでしょうか?
伊藤:いえ、そういったことは一切行っていません。すべて、アニメーターさんの脳内で作られた動きです。
――それはすごい。今回は“AR(拡張現実)”を使った現実世界を舞台したことでキャラクターがとても人間らしい動きをしていたので、てっきりそういった手法で作られているのかと誤解をしていました。
伊藤:そう感じてもらえているのならば、アニメーター全員が報われるでしょうね。作画に関して俺が指示することって本当に大まかな流れとかだけで、1シーン1シーンの細かい修正や動きのタイミングなどは、すべて彼らに委ねています。そこで、ああいった素晴らしい物が出来上がったのは、彼らの努力の賜物です。
データのキャラクターは現実世界に干渉できない
――近未来の世界という部分を意識して、何か演出をしたシーンはありますか?
伊藤:ちょっとだけ未来のお話ということで、ここ数年で立ちそうな建物を登場させています。例えば、代々木公園から渋谷駅前がチラッと見えるシーンで現在は存在しないビルを描いたり、これから建築される予定の建物とはちょっと違ったものを登場させたりとか。
―― 本編でその建物を観た時、「アレに似てるな」と思っていました(笑)。
伊藤:あれで「現実とはちょっとだけ違う」という表現をしたかったんです。……あのデザインで建った街を見たかった気持ちもあるんですが(笑)。
――ほかに未来を意識していた部分などはありますか?
伊藤:いえ、むしろ、できるだけ描かないようにしています。“現実世界”っぽさを残しておきたくて、進んだ技術としてのアイテムは、≪オーグマー≫とか≪ナーヴギア≫や、≪アミュスフィア≫だけにしておきたかったんですね。なので、携帯もスマホの状態から進化していないんです。あまり未来すぎると、現実世界も作り物っぽくなってしまうので。
――なるほど。確かに、ARがある日常さえも、今の私たちにとってはまだSFの世界ですよね。ちなみに、ARの技術に関して何か取材を行ったりしていますか?
伊藤:お台場にある科学未来館の企画展示に行ってみたり、近未来特集をしていたテレビ番組を観て、かなりのアイディアを頂いています。できるだけ現実的な近未来を目指して、≪オーグマー≫というガジェットを通して出来ることや、「これがあったら便利だな」という点を考え“ARがある日常”を描きました。
――≪オーグマー≫の作る世界について、これまでに語ってない裏設定はありますか?
伊藤:≪オーグマー≫の見せるデータでしか存在しないキャラクターは、現実世界の影響を受けないというルールがあります。その代表例がユナで、彼女は実際に存在する人間ではありません。そこで、現実世界で登場する時には周囲の光源の影響を受けず、影がないのです。逆に、ヴァーチャルの世界では光源の影響を受け、影ができる。ちなみに、そのルールはユイにも適応されています。
――ユナのライブシーンで、彼女に影がありませんか?
伊藤:あのシーンの光源は、仮想現実のライトによって生じている物だからです。序盤でシリカがエアカラオケをする時、周囲に舞台照明みたいなものが出てきますよね。あれとまったく同じ仕組みなので、ユナも光源の影響を受け、影が発生するんです。
――あくまで彼女たちはデータ状の存在ということですね。
伊藤:ユナが転んだときに音がしなかったりもしますが、“音がしない”ことこそが正解なんです。彼女たちに、音は出せない。一度、音をつけたバージョンも作ったんですけど、違和感があったのであえて外したりもしました。
ARアイドル・ユナはあくまでNPC
――続いては、そんなユナを掘り下げていきたいと思います。ただ「ある部分のネタバレはなし」という指令が出ているので、今回はARアイドルのユナという切り口で初期設定などを伺えるでしょうか?
伊藤:彼女のメインコンセプトは“小悪魔的な歌大好きっ子”を前面に出したキャラクターです。なぜ“小悪魔”だったのかは、川原先生だけが知っているので聞かないでください(笑)。
――物語では重要な位置づけを担う彼女ですが、彼女自身に意思などはあるのでしょうか?
伊藤:いえ、彼女はあくまでも今回物語の核となる部分を達成させるための広告塔であり、。基本的に成長もしません。
――本編中にユナが本に興味を持ち、エイジが疑問に感じるシーンがありますよね。あれは“成長”ではないのでしょうか?
伊藤:あの1シーンは、川原先生からの「成長しないプログラムのはずだけど、それに抗っている感じを出したい」という話で誕生したエピソードです。既定路線しかできないはずなのに……という感じで。
――なるほど。最後のライブで「楽しかった!」という台詞もありましたが、あれも抗いを表現した部分ですか?
伊藤:その真相は、わからないです。もちろん、演出的にそう見せたかった部分ではありますが、彼女があの場で、どう思って言葉を呟いたのかは窺い知れません。じつは、あのライブって彼女にとっては最後のステージでもあるんですね。すでに、彼女の目的は達成されていますから……。そこで、教授から「1曲だけ歌う猶予をあげよう」と許しをもらい、ステージで歌った。そこで全力を出し切ったから、あのひとことが出てきたのかなと俺は思うんです。
――そういったエピソードを聞くと、なかなか結構悲しい存在に感じます。
伊藤:はい。ただ、俺らはそう見えないように、気を使っています。その救済をしようとすればキリがないのです。彼女に関してはあっけらかんと、場面を追いました。
――ちなみに、エンディングで歌うユナが出て来きますよね。あれは、完全に“ARアイドルのユナ”という存在ですか?
伊藤:はい、あれのただのARアイドルとしてのユナが歌っているだけです。リセットされ、また出てきたという流れです。
――ちなみに、3回目のボスバトルで、ユナを見たアスナが「あの娘……」と呟くシーンがありますね。あの時、アスナは彼女のことを“思い出した”のでしょうか?
伊藤:はい。人ってなにかと結びつけて物事を覚えているので、歌っている彼女と、過去に血盟騎士団に居たエイジを見た瞬間にふっと思い出した感じです。エイジも、なにかを訴えるように目線を誘いますから。
――では、もうひとりのキーキャラクターであるエイジに関してもお話を伺えるでしょうか。
伊藤:エイジに関しては……ここだけの話、最初は存在しないキャラクターでした(笑)。
――それは驚きです。
伊藤:彼は、物語を作っていく段階で「敵側にキャラクターがほしい」という話がもちあがり、追加することになったキャラクターなんです。その為、最初は「顔はイケメンにしよう」とか「ちょっとチートをしているやつにしよう」といったふわっとしたアイディアしかなくて。
――それを徐々に煮詰めて、現在のエイジになったと。
伊藤:じつは、ずっと名前すらも決めてもらえなかったんですよ(笑)。製作も終盤に差し掛かり、「そろそろ名前を決めましょう」という段階でようやく、エイジに決まったんです。しかも、その由来は「2位→漢字の二→ジ→エイジ」という感じで、決まりました。
――ユナとは違う意味で悲しい! ただ、彼は憎めないというか、この作品を観直した時に、とても応援したくなるキャラクターに感じます。
伊藤:確かに、俺も想定していなかったことで、エイジは愛されるキャラクターになっていますね。「なんかいろいろ鬱屈しているんだろうな」と。
――彼、じつは子どもっぽいところがありませんか?
伊藤:ブイーンと光る衣装着ていたりね。あと、最初の戦闘でカッコよく登場して「タンクの奴はついてこい!」って叫ぶけど、誰もついてきてくれなかったり……(笑)。そういった部分が見えはじめると、なんだかかわいく思えてくるキャラクターです。
――ほかにキャラクターに関しての裏話はありますか?
伊藤:しいていえば、キリトの衣装が黒くないことでしょうか。
――確かに!黒の剣士なのに!
伊藤:これは、彼があんまりこのゲームに乗り気じゃないから、あまりカスタマイズをしていないっていうことの現れなんですよ。
――しっかり意味があるんですね。
伊藤:やろうと思えばもっと黒く出来るけど、ほぼ初期設定だから、色すら変えていない。けど、みんなと遊ぶから、メンバー内の衣装デザインは統一している。クラインだけは自分のチームがあるので、そちらに併せていますが。
――≪オーディナル・スケール≫の世界は衣装も自由なんですね。
伊藤:かなり自由です。課金すれば獣になったらロボットになったりできます。どういう人がなにを着ているのかは、まったく決まりがありません。
――なるほど。ほかに、何かTVアニメ版から差をつけた点はありますか?
伊藤:変化した点でいえば、シノンの口調です。もともとシノンはゲームの世界と、現実の世界で喋り方にギャップがあるキャラクターでした。ただ、劇場版では「テレビシリーズでトラウマを乗り越えたシノンは、きっと現実もゲームの世界に近い口調になっているはず」という意見を声優の沢城みゆきさん(シノン役)から頂き、現実世界とゲームの世界で口調を統一することになりました。
――話を聞けば聞くほどに裏話が飛び出しますね。なんというか、作中では語られていないルールや理由が、本当に多く存在するように感じます。だからこそ、観るたびに新発見があって面白いと。
伊藤:すべてを言葉で説明しなくても、わかると僕は思うんです。むしろ、流して見るのに混乱しない程度にわかってもらえるくらいがちょうどいいのかなと。
次作へのバトンは渡した――
――『劇場版SAO』で、アニメ版『SAO』は原作にはなかったオリジナルの要素が多く組み込まれました。これからの物語はどのように展開するのでしょうか?
伊藤:『劇場版SAO』の先が原作の話につながるのか、オリジナルの物語が待っているのかは、すべて川原先生次第です。
――もしアニメの新シリーズが始まるとしたら、≪オーディナル・スケール≫の世界観は踏まえた上で、原作につながっていく?
伊藤:ひょっとすると原作で明言をしていないだけで、既にみんな≪オーグマー≫を着けているのかもしれないですよ。川原先生も「原作でも≪オーグマー≫が出ている的なことを書こうかな?」と話していましたから。
――今後のアニメ版について、原作者・川原先生はどのようにお考えなのかをお聞きしたいです。
伊藤:≪アリシゼーション≫編をやるのかどうかとか、正直俺もわかりません(笑)。ただ、劇場版のタイムラインが原作から外れてないということを原作の方でもフォローしようとかなと話していましたし、俺としてはちゃんとバトンを渡せるようには作ったので……。あとは、みなさんの応援次第です!
――ありがとうございました!
じつは、今回のインタビューで“ここでは書けないこと”も裏話としてたくさん語ってくれた伊藤智彦監督。お話を伺うたびに、『劇場版SAO』に盛り込まれたたくさんの要素を知ることができ「また、観なければ!」とわくわくさせられます。
そんな『劇場版SAO』は全国劇場で大ヒット上映中。まだ観ていない方はもちろん、1度観た方も“語られていない設定”を確かめに、ぜひ劇場へ足を運んでください!
[取材&文・大島弥月 / 撮影・Re-Zi]
第8週目来場者プレゼント情報
●公式ネタバレ本「劇場版“裏”記録全集」
【配布期間】4/8(土)~ ※なくなり次第配布終了
・劇場版アニメーションの場面カットと共に、様々な伏線・裏設定といった各スタッフの「こだわり」を、対談形式で紹介!
■メンバー
伊藤智彦(監督・脚本)
足立慎吾(アニメキャラクターデザイン・総作画監督)
川原礫(原作・脚本)
abec(原作キャラクターデザイン)
大澤信博(アニメプロデューサー)
柏田真一郎(アニメプロデューサー)
三木一馬(原作担当編集、アニメプロデューサー)
・本邦初公開!未公開キャラ原案イラスト掲載!
・こだわりの衣装設定資料を公開!
・ラスボスを含むボスモンスターの設定資料や解説テキストも一挙収録!
作品情報
■『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』
<ストーリー>
2022年。天才プログラマー・茅場晶彦が開発した世界初のフルダイブ専用デバイス≪ナーヴギア≫―― その革新的マシンはVR(仮想現実)世界に無限の可能性をもたらした。それから4年……。
≪ナーヴギア≫の後継VRマシン≪アミュスフィア≫に対抗するように、一つの次世代ウェアラブル・マルチデバイスが発売された。≪オーグマー≫。フルダイブ機能を排除した代わりに、AR(拡張現実)機能を最大限に広げた最先端マシン。≪オーグマー≫は覚醒状態で使用することが出来る安全性と利便性から瞬く間にユーザーへ広がっていった。その爆発的な広がりを牽引したのは、≪オーディナル・スケール(OS)≫と呼ばれる≪オーグマー≫専用ARMMO RPGだった。アスナたちもプレイするそのゲーム に、キリトも参戦しようとするが……。
[STAFF]
原作:川原 礫(「電撃文庫」刊)
原作イラスト・キャラクターデザイン原案:abec
監督:伊藤智彦
脚本:川原 礫・伊藤智彦
キャラクターデザイン・総作画監督:足立慎吾
音楽:梶浦由記
制作:A-1 Pictures
配給:アニプレックス
製作:SAO MOVIE Project
[CAST]
キリト(桐ヶ谷和人):松岡禎丞
アスナ(結城明日奈):戸松遥
ユイ:伊藤かな恵
リーファ(桐ヶ谷直葉)竹達彩奈
シリカ(綾野珪子):日高里菜
リズベット(篠崎里香):高垣彩陽
シノン(朝田詩乃):沢城みゆき
クライン(壷井遼太郎):平田広明
エギル(アンドリュー・ギルバート・ミルズ):安元洋貴
茅場晶彦:山寺宏一
ユナ:神田沙也加
エイジ:井上芳雄
重村:鹿賀丈史
[主題歌]
LiSA 「Catch the Moment」
『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』大ヒット上映中
配給:アニプレックス 上映時間:119分