『カーストヘヴン』完結記念、緒川千世先生のロングインタビューの後編が到着!
手にした札によって、クラス内での自分の階級が決まる「カーストゲーム」。
絶対君主・梓をどん底に突き落としたのは、懐柔していたつもりのかつての取り巻き・刈野だった……。
羨望・嫉妬・欲望渦巻く格差学級で繰り広げられる愛憎劇を描いた『カーストヘヴン』の完結巻が、2021年10月8日に発売されました。累計100万部を超えた衝撃作について、完結した今だから言えることを緒川千世先生にインタビュー。前編に続き、今回は後編をお届けします!
ロングインタビュー後編
カーストヘヴンを描こうと思ったきっかけ
――『カーストヘヴン』を描こうと思われたきっかけはなんだったのでしょうか
緒川先生:当時スクールカーストが話題になっていたことと、ちょうど流行っていたデスゲーム系の学園ものをBLでやりたいというのがきっかけです。でもBLでデスはちょっとなと思って人が死なないゲームにしました。このカーストゲームは、コメディでもシリアスでも行ける設定だと思っていました。
――例えばコメディだとどんな展開になりますか?
緒川先生:『かーちゅとへゔん』(「緒川千世ファンブック ―flow―」収録)の「スラッカー(バカ)がギーク(オタク)と恋人になってアニメコスプレエッチ」「さらにスラッカーがギークになってどうなっちゃうの!?」みたいなあほエロコメディでもいけそうでした。でもネームの段階でタテのカーストにすることになりました。
――キャラクターよりも設定を先に考えて作品を作られることが多いのでしょうか
緒川先生:長期連載が初めてで、描き方がわからなくて難しかったです。初めに設定を考えて、それから設定が一番活きるキャラクターを考えました。キャラクターは激しい方がわかりやすいし、その方が動かせるな、と手探りで考えていきました。
――キャラクタービジュアルはどのように作り上げていきましたか
緒川先生:あてはめられたカーストに合わせて変化する様子を分かりやすく表現するために際立たせました。
担当編集:1話を読んだだけだと「カードを拾ったからって、割り当てられた役をまじめにこなさず適当にやればいいのでは」と思われるかもしれません。集団圧力で皆やらざるを得なくて、何故か否やが言えない空気になっている……というのが後々描かれています。その前提のもとカーストに合わせたビジュアルに変化するので、キャラクタービジュアルは説得力のあるものになっていたと思います。
緒川先生:誰かに言われて従うより、誰が言い始めたかわからないのに対応せざるを得ない空気のほうが重いなと思って。登場人数が多いのもありキャラクターの書き分けは意識しました。巽と仙崎はホクロ、ピアス、刺青とアイテムが多いので作画が大変でした。
タイトルはこうして決まった
――『カーストヘヴン』というタイトルはどのようにして決まったんですか?
緒川先生:あまり意味はないです。ちょうど「車売るならカー●ブン」というCMが流れていて、そこから『カーストヘヴン』というタイトルを思いつきました。
担当編集:衝撃的ないきさつです。
緒川先生:タイトルは考えに考え抜くよりも、ポッと出たほうがバシっとくることがあります。連載ものならタイトルは短いほうがいい。文法的には間違っているけど語感でつけました。
担当編集:緒川先生のつけられるタイトルは覚えやすいです。タイトルと作品がドンピシャで合っていて、思い出しやすいです。リズムがある感じがしますよね。
緒川先生:『カーストヘヴン』はなかなかぴったりのタイトルをつけられたなと思います。
思い出深い修学旅行編と食べ物の秘密
――最後まで描かれてみて、どこに一番思い入れがおありになりますでしょうか
緒川先生:思い入れがあるシーンは、やっぱり5巻最後の河川敷でのキスのシーンですね。
担当編集:読者さんからも人気の名シーンです。
――先生は京都のご出身ではないんですか?
緒川先生:違います。京都取材には行ったんですが鴨川には行っていなくて、鴨川のシーンのヒントを下さったのが担当さんでした。
担当編集:京都の実家に帰省した際に鴨川の写真を撮って、先生にお渡ししました。でも抹茶パフェを食べたり、伏見稲荷に行っているシーンなど他全部緒川先生がご自身で取材されました。
緒川先生:その頃コラボカフェのお話をいただいて、作中では抹茶豆乳くらいしか食べ物を出していなくて、食がたりなくて……。カフェで作りやすいものを出すという裏の事情で、抹茶パフェやたまごサンドを描きました(笑)
――作中で飲食のシーンが多くないのには理由があったんでしょうか?
緒川先生:ご飯は生活感が出るので、外の世界を感じさせます。『カーストヘヴン』は学園内での閉鎖的な感じを出したくてあまり描いていませんでした。なので実は修学旅行エピソードも考えていなかったのですが、担当さんが見たいとおっしゃって、5巻で初めて外の世界の二人を描きました。
――担当さんはなぜ修学旅行を描いてほしいと思ったんですか?
担当編集:人間関係が進んできたので修学旅行でいつもの学校内の感じと違うシーンや、文化祭や体育祭などの学校行事的なものも見たかったんです。5巻はとても人気がありましたが、1~4巻が学校内に絞って閉鎖的な空間でエピソードを重ねてきたからこその効果もあったと思います。修学旅行編の最後のキスシーンは、大好きなシーンです! と感想を寄せてくださる方が多かったですね。
――5巻で刈野と梓の関係を進めるのは決めていたということでしたが
緒川先生:決めていましたが思いのほか進みました。朝に鴨川に行かせるのも、梓の笑顔も、キスシーンもネームの時の流れで入れました。一応道筋は立てていますが、ディテールを考えるのはその場その場でやっています。その時の気持ちの盛り上がりを大事に描くようにしています。
衣装やキャラクターについて
――色んなコスプレも描かれていますね
緒川先生:制服だけだと描いていて飽きてしまうので、別のものも描きました。
――他に、こういう服が描きたかったなというのはありますか?
緒川先生:正装というかスーツです。コラボカフェでは描きましたが、本編では描けなかったので。7・8巻で、刈野がキングから降ろされるときに何かイベントがあったら良いよねと担当さんと話していて。アメリカでプロムという、卒業生のためのダンスパーティがあるじゃないですか。そこで正装して、というのも考えましたが日本の高校の空気感と離れすぎていてやめました。でもペアになって踊るとか、誘うとか、今思うとそういう華やかなものや、きらびやかな衣装を描くのもありだったかもしれないですね。
――一番好きなキャラクターは誰ですか?
緒川先生:梓はとても動かしやすいですし、何より愛着があります。「よく頑張ったね」と労ってあげたいです。でも生みの親がキャラクターに順番をつけるのはかわいそうだと思ってしまうのでこの質問の答えにはいつも困ります。
――こういうキャラが萌える! 好み! というのはありますか
緒川先生:仙崎ですね。頭のネジが外れている系のキャラクターは好みですが、描くのはコントロールが非常に難しかったです。
巽と仙崎について
――巽と仙崎は途中までどうなるかわからなかったカップルだと思うのですが
緒川先生:そうですね。最後まで悩みましたが、どうしても一緒にはいられない2人だなと思いました。巽と仙崎が一緒になるとすると、どちらかの人格を否定することになる。巽が今の生活を捨て仙崎についていくというのは、巽がそれまで頑張ってきた18年間も否定するような気がして、それは避けたかった。お互いの場所で頑張って、お互いの上り詰めた場所で出会うのが良いなと思いました。
――この2人は成長して変わる、というビジョンはあまりなかったですか?
緒川先生:仙崎はあまり変わらないかな。でも巽は、変われない部分もあったけれど、けっこう変わった部分もあると思います。刈野と巽は兄弟の確執が解消していますし。刈野も巽も、お互いに変わりましたね。
読者人気も高かった京子ちゃん
――京子ちゃんに恋人はできますか?
緒川先生:どうでしょう。京子は八鳥に告白してますけど、別に八鳥が好きだったわけじゃありません。ハイカーストは誰かと付き合わなきゃいけない空気があって、八鳥が自分に1番興味なさそうだったから告白しただけなんです。そこまで恋愛に興味がある子ではないですが、とても良い子だし、あの自由な感じを受け止められる子がいればお付き合いしているかもしれません。ポジション的に大昇と京子がくっつくのも流れとしてはありだけども、女友達との友情がブレるのでそこは考えませんでした。
――京子ちゃんは今は何をしているんでしょうか
緒川先生:ネームにはフラフラしていると書いてありました。10年後もフラフラしてるって(笑)
作中のギスギスを和らげるコーナーは先生の優しさ
――あのコーナーにはどういうふうなネタを仕込まれていたんですか?
緒川先生:あれは本当にコーナー名の通りです。コース料理でもデザートが最後に出てくるじゃないですか。それでちょっとお口直ししてもらおうという感じです。四川麻婆を食べさせてゴメンね……ココナッツアイスでもどうぞ……! みたいな。そのくらいの感覚です。
――真顔で踊っていたり、毎回可愛かったですね。
緒川先生:巻が進むにつれネタが尽きてきました。ちょうどラグビーのワールドカップが開催されていたのでオールブラックスのハカを描いたりしましたね。
if設定は描かない
――本編には絶対ないifな世界を考えたことはありますか?
緒川先生:それっぽいものは1度プロットを出したことがあります。修学旅行編で、ページが余るかもと思って、梓が頭をぶつけて前世の記憶がよみがえる、実はこの町家で梓と刈野の悲恋があって……という追憶編のような内容ですね。でも担当さんがそれはいらないって言ってなくなりました(笑)
――ご自身で2次パロディなどを考えたりされますか?
緒川先生:パロディは描いたことがなくて。思いついたら描いていたかもしれないけど、思いついてないので描いていないです。
――それは緒川先生作品以外の漫画やアニメでもないですか?
緒川先生:原作以上のものは作れないというか、これで充分だと思ってしまってそこから先にいけないです。それにifを描くのならば新しいキャラクターを作って新しいお話を描くような気がします。
8巻のカバーについて
――イメージが早い段階で決まっていたと過去のインタビューでお答えいただいていましたが、いつ頃決められていたのでしょうか?
緒川先生:5巻のカバーイラストを描くときには考えていました。5巻は校舎の外、空が近い屋上で、これまでの2人より対等な感じにしようと。それが5巻のカバーイラストで、最後の巻は2人がアップで抱き合って笑っているもので終わろうと考えていました。
物語のゴール
――3巻くらいからお話のゴールが見え始めている感じがしますね
担当編集:そうですね。先生はかなり早い段階で梓は3年生にはしないと決められていました。2年生でカーストゲームを終わらせて、巽達3年生が卒業式を迎えるところでエンドだと。
緒川先生:学年が上がるとすべてがリセットされるような気がして、もう一度1から積み上げるのは無理だと思いました。部活動やバイトなどのカーストの外のお話を描くこともできたかもしれませんが、結果的には描かなくて良かったと思います。
担当編集:私もそう思いました。特に前半は、閉塞感――所属しているこの世界が全てみたいな切迫詰まった気持ちで皆がカーストを演じなきゃいけない。そんな時に、他にも世界があって学校だけが世界の全てではないという雰囲気を出してしまうと、閉塞感にリアリティーがなくなってしまう。なので、最初のうちは学校内だけにいさせるという先生の演出が見事だと思いました。ずっと学校内で閉塞感があったからこそ、7巻の夜の公園で大昇が「世界は広いで」と言うシーンが印象的でした。
その人の1日を実りあるものにしたい
緒川先生:舞台を男子校や寮にすることも考えましたが、今の価値観・空気感で描きたかったので共学にしました。その代わり閉塞感が薄らいでしまうので、そこはすごく考えました。学生にとっては学校のウエイトがすごく重いので、学校内の出来事や人間関係がすべてだと感じてしまうことがありますよね。外の世界から、大人から見たらそんなことはないんですけど、中の人は中の世界しかないと思っている。そして、外の世界もあると気づくところまで描きたいと思いました。
――中学生・高校生で読んだら救われる人がいると思います。
緒川先生:そんな大層なものではないですが、今日はちょっと疲れたな、でもこの本読んで良かったな、と思ってもらえるものになれたら良いなと思います。なので、いじめの描写はきつい暴力をそこまで描かないようにしていました。
――どちらかというと執着という名の性描写に置き換えられていますよね。
緒川先生:そうですね。性的いじめと言えばいじめですが、痛めつける以外の意味も持たせるようにしました。とはいえ、あれが成立するのは梓という肉体的にも精神的にもタフなキャラがあってこそだと思います。『カーストヘヴン』はBLという土壌だから描けた話ですね。
次回作について
――次回作についてはもう考えられているのでしょうか?
緒川先生:これからですね。漫画を取り巻く環境も10年でだいぶ変わりましたし、今は色々インプットしつつ外枠を考えている段階です。
――これまでとは全く違う、新しいものにチャレンジされたいというお考えがあるのでしょうか?
緒川先生:そうですね。挑戦はし続けていきたいです。色々考えてはいますが、だいぶ体力がなくなってきたのでペースは考えます。
担当編集:やっぱり健康が大事ですよね。
緒川先生:健康なんて無限にあるものだと思っていましたが、最近になって健康というのは頑張って維持するもの、頑張らないと維持できないものと気付きました。できればまだ頑張れるうちに、2本くらい連載したいですね。そのくらいのペースで描かないと描きたいものが描き終わらなさそうです。
――描きたいものがすでにいくつかおありなんですね
緒川先生:まだ具体的ではないですが、こういうものが描きたいというのはたくさんあります。どれも描けるし描きたい。どれから描こうかな? という状態です。
最後に
――最後に一言お願いします
緒川先生:最後までついてきてくれてありがとうございました。至らない部分もたくさんあったかもしれないですが、それでもついてきて下さってありがとうございます。みんなも元気でいてね。