楠木ともり Zepp TOUR 2022『SINK⇄FLOAT』ライブレポート|飛行船に乗って、あらゆる曲の世界へ“SINK⇄FLOAT”したライブ
声優・シンガーソングライターの楠木ともりによる「Tomori Kusunoki Zepp TOUR 2022『SINK⇄FLOAT』」。彼女にとって初となるツアー。デビュー時にはすでにコロナ禍だったが、昨年末のバースデーライブでメジャーデビュー後初めて有観客のライブを東京・大阪で行い、今回は大阪、福岡、東京、名古屋を廻るZeppツアーとなる。このツアーできっと何かを掴み、さらにアーティストとして大きくなっていくことだろう。今回は、ライブの映像化も決定した東京公演の模様をレポートする。
飛行船に乗って、あらゆる曲の世界へ“SINK⇄FLOAT”したライブ
神秘的な音楽とともに、紗幕に映像を映し出すというオープニング。大きな月が夜空に溶けていくと、今度は無数の星空が広がっていく……。紗幕の裏で楠木ともりがゆっくりとセンターに立つと、そこにスポットライトが当たり「sketchbook」を歌い始める。
会場に響き渡る透明な声。静かなアレンジと紗幕の奥で揺れる姿。はっきりと姿が見えないことで集中力が増し、曲に没入することができた。いきなり静かな世界観で始まるというのも彼女らしいが、ここまで浸らせることができる表現力を持ったアーティストもなかなかいない。
このまま静かな曲を続けるのかと思ったら、紗幕が落ち、まばゆい光が会場に広がる。彼女の持ち曲の中でも、かなりポップなギターロックチューン「僕の見る世界、君の見る世界」だ。「みんな立ち上がって、自由に楽しんでください!」と呼びかける。全貌が明らかになったステージには3つの大きなスクリーンが並んでいる(のちに飛行船のコックピットの窓を模していることが判明)。この曲は今までのライブでもタオル曲として定着していたので、ファンのみんなはサビで瞬時にタオルを振り回して楽しんでいた。そこではっきりと姿を見せた楠木は、珍しいパンツスタイルでクールな雰囲気だ。
短いMCを挟んでの「ロマンロン」はバンドと一体となったパフォーマンスで、シャウトやロングトーンを響かせる。「クローバー」では感情的に、悲痛な想いを吐き出していく。さらに「Forced Shutdown」へ。ここでステージにいくつものバー状のLED照明が点灯し、曲をクールにカッコよく演出していく。ドラム、ベース、ギター、キーボード……どの楽器も主張のあるプレイをしているのに、全体的に絶妙なバランスで曲が成立している。彼女のライブは、そんな楽器一つ一つの音の動きも楽しむ要素になっている気がする。
幻想的なコーラスのあとに始まった「山荷葉」は、森と窓に当たる雨の映像がスクリーンに映し出される。椅子に腰掛けながら透明感のある歌声を響かせる楠木。逆光に照らされながら歌っている姿や鈴の音、ライブハウスにいながらどこか違う世界に来てしまったかのような感覚に陥った。歌声とピアノが静かに消えていくと、今度はアコースティックアレンジでの「眺めの空」へ。アコギとボーカルだけの世界観は、優しくもどこか深い。そこから順番にキーボード、ベースと演奏する楽器が代わっていくのだが、気持ちのゆくままに歌う彼女の呼吸に合わせて、バンドが音を鳴らしていく感じもライブ感があって素晴らしい。
クラップを促して、原曲の持つチル感を失わず、おしゃれなバンドアレンジで聴かせた「よりみち」。この曲はいつも心を穏やかにさせてくれる。そこから急転「熾火」では、夜の街をスクリーンに映しだし、クールに熱く燃え上がっていく。間奏でのピアノソロからギターソロへの移行や、落ちサビからラスサビの緩急。1曲の中でも展開が激しく、演奏も非常にテクニカルだ。
雑踏の音や電車の音が会場に響き、最新EPの表題曲「遣らずの雨」へ。「雨が」という言葉とともに曲が始まる。音源でも象徴的だったイントロのギターリフも見事に再現。もともと複雑で緻密なアレンジの楽曲だが、そのおいしいフレーズをしっかり聴かせるというバンドアレンジが神がかっていて、この楽曲の持つポテンシャルをライブでもしっかり見せつけたところは鳥肌モノだった。音源では感じることができない、会場でしか味わえない音の迫力。楠木ともりの熱唱、すべてが相まって完璧な「遣らずの雨」になったし、ライブでより映える楽曲だと感じた。
ここまでほぼノンストップで歌うというのは驚きで、ライブというと、だいたいブロックごとにバラードやアコースティックコーナー、そして激しい曲がまとまっていることが多い。だが、このライブはかなりごちゃまぜ感があって、ジェットコースターよりもやばい緩急の応酬であった。その理由は次のMCで明らかになる。
今回のZeppツアーのコンセプトが「みんなと旅をする」ことで、それは、Zeppツアーの会場名“Zepp”の意味が、飛行船の“ツェッペリン”であることに着想を得たそうだ。
「タイトルの“SINK⇄FLOAT”は、沈む・浮かぶという意味で、みんなに没入してほしいなと思っていたんです。世界観が濃い曲が多いので、曲に没入していただきながら、盛り上がるところとグンと見入るところの浮き沈みに、振り回されてほしいなと思って、このハードなセットリストを組みました」
実際、最初から彼女の狙い通りになっていたし、エンターテイメントとして上質なものを届けたい、みんなに楽しんでもらいたいという思いに溢れた構成は見事で、曲調もそうだが、歌詞の世界観にも、いい意味で振り回されていたのではないだろうか。飛行船にしては、なかなかに浮き沈みが激しい、ちょっと刺激的な旅ではあったが、とても楽しかった。
ラスト2曲は、ハネたリズムの「もうひとくち」から。クラップと共に歌っていく。踊るように軽快に動いていくピアノサウンドが心地よい。最後はオレンジ色に包まれながら名曲「タルヒ」を歌う。どこか切ないギターのアルペジオから始まる名曲で、サビでは手を左右に振って心をひとつにする。
大きな拍手に応えてのアンコールは「alive」から。この曲は昨年末のバースデーライブで見た景色を歌詞にしているのだが、ライブの終わりのちょっとした淋しさも感じる曲だ。浮遊感漂うローファイなサウンドに乗る美しいメロディー。この場所をこの先も大切にしていきたいという彼女の優しさも感じられる歌声で、とても感動的だった。
グッズ紹介で和んだあとのラストは、大事なデビュー曲である「ハミダシモノ」。ピアノと歌で静かに歌い始めて、2コーラス目からはバンドで激しく聴かせる。まさに1曲の中で“SINK⇄FLOAT”をしてみせて、ライブを笑顔でカッコよく締めくくった。
この日「また会いましょうね」と言って別れたが、その後のファイナル公演で、2022年冬に初のホールツアーを開催することも発表。次の約束は毎年開催しているバースデーライブ。次はどんなステージを見せてくれるのか、冬なのであとほんの少し待つだけな気がするが、その日を楽しみに待っていたい。
[文・塚越淳一]
セットリスト
01. sketchbook
02. 僕の見る世界、君の見る世界
03. ロマンロン
04. クローバー
05. Forced Shutdown
06. 山荷葉
07. 眺めの空
08. よりみち
09. 熾火
10. 遣らずの雨
11. もうひとくち
12. タルヒ
Encore
01. alive
02. ハミダシモノ