『名探偵コナン 黒鉄の魚影(くろがねのサブマリン)』林原めぐみさんが語る、周りの人から愛され灰原「哀」から灰原「愛」へ変わる気持ちの変化/インタビュー
周りの人から愛されて、灰原「哀」から灰原「愛」へ
――林原さんから見た「灰原哀」について、お聞かせください。
林原:圧倒的な熱量の江戸川コナン君に感化されていることは間違いないと思うんです。また一方で、「灰原哀」という名前を自分に課したその日から、いつ死んでもいいと思っていた日々も確実にありました。小学1年生という立場も、もただの止まり木。少年探偵団もひとつの小学生というかたまりでしかなかったのも事実です。ただ、その自分が隠れ蓑にするための偽りの生活だったはずが、今は、完全になくてはならないものに変わって来ていますよね。
それはおっちゃん(毛利小五郎CV:小山力也)もだし、蘭ちゃんも博士も、彼女が愛されることで、本当に「哀」の字が変わっていっています。耳で読んだら、「哀」は「愛」なんですよ。彼女の周りには、哀しいという読み方をしている人は、誰もいないんです。だから、本当に彼女の心の中の氷が溶けていっているなと感じています。
ただ、溶けすぎてしまうと、もしかしたら、関わった人達全てを危険にさらすことにもなりかねないので、気を引き締めていないといけない部分もあるとは思うんです。
そういう意味では、最近の哀ちゃんの変化は、まだ組織ということすらわからなかった、幼い宮野志保ちゃんに戻っていっているのかなと思うことがあります。お姉ちゃん(宮野明美CV:玉川砂記子)と仲良く過ごす、素直な明るい子だった時代もあったのではないかと。お母さんがカセットでバースデーメッセージを用意してくれていましたけど、直接会えない子どもに、それを用意するポテンシャルの持ち主だったのでしょうし。
――灰原哀、宮野志保、シェリーのトリプルフェイスを持つキャラクターですが、林原さんの中で演じ分けはしていますか。
林原:トリプルフェイスを持つキャラクターは安室さんもそうだと思うんですけど、3キャラやっているわけじゃないので、大切なのは、3人がひとりであるということですよね。
それは極端に言ってしまうと、例えば、学校から電話がかかってきた時に、お母さんの声が3トーン高いみたいな(笑)。でも、お母さんじゃないですか。普通に生きている人間の中でも、無意識に使い分けている顔があると思います。会社の社長に対して、部下に対して、いろいろあるものの、もう少し複雑な感じであって、あくまでもひとりの人間だと言うことですよね。
宮野志保がいて、何らかの形で研究を受け継ぐことになって、組織に入ったところでシェリーと呼ばれ、研究そのものに没頭して、罪の意識もなく、ただただ多大なる資金のもとで自由に研究ができることが楽しくてしょうがかなった時期もたぶんあったんだと思います。
でも現実を知った時に、罪の意識も含め、命を絶つようなところまでいく。より研究を深めて、「世の中にどう利用するかは知らん。やりたい研究を続けていくんだ」と完全に組織の人間として染まっていくのではなく、そこを抜けるという選択をするという、そもそも持っている彼女の正義感。それは今の哀ちゃんの中にも、確実にあると思います。
時折見せる彼女の正義。また江戸川くんとはちょっとタイプが違うんですけど、例えば子どもたちを守るという気持ちとか、非常にいろんな思いが折り重なって、今の彼女ができている。その紐を掛け違えないように、読み間違えないように肉声にはしているつもりです。ただのツンデレさんでも、陰キャちゃんでもないのでね。(笑)
ただ、あまりに天然になった時は「どうしよう!?」とだいぶ戸惑いましたけどね。「これ、延長線上にいるんですか? この子は?」と……。頭から湯気を出して、肥後さん(プロサッカーチーム・ビッグ大阪所属の比護隆佑CV: 櫻井孝宏)に対して、ちょっとフラフラしていた時には「あれ、そうなの?」って思ってビックリしましたけど。
――ああいう哀ちゃんには、林原さんもビックリされるんですか。
林原:ビックリしましたよ。「どんなふうに彼女は…?どうすればいいんだろう?」と……。でも、これもこの子なんだなと思って……。
――これまでも哀ちゃんのいろいろな姿が見えてきましたね
林原:点目(目を極限まで記号化してシンプルな点で描いたもの)になった時に、哀ちゃんがより見えた気がしました。点目をギャグにするとか、どういう声を出そうとか、そういうことではなかったんですよ。
(TVアニメ第925、926話)「比護さんのストラップ、あったよ」と持ってきてくれたのが吉田さん(歩美ちゃん)(吉田歩美CV:岩居由希子)だったんです。その後、オンエアを見た時に、点目の状態で「ほんと?」と聞くんですけど、確実に哀ちゃんが吉田さんにしか言わない「ほんと?」の「と?」(言葉のトーン)でした。
たぶん江戸川くんだったら、絶対に速攻奪いに行くし、小嶋くん(小嶋元太CV:高木渉)だったら、「あれ~、確かにここに入れたんだけどよ~」とか言って、落っことしてくるかもしれないから、もっと疑うし、円谷くん(円谷光彦CV:大谷育江)だったら、もしかしたら、気を使って新しいのを買ってくるかもしれないから、感謝しながらも、ちょっとだけ、疑っちゃうところがあると思うんです。
「たぶん吉田さんは本当に見つけたんだ」と思って、「でも1年生だから、もしかしたら、間違うこともあるかもしれないな」と思って、すごく困惑している「と?」だったんですよ。だから、ひとりひとりが確実に違うとはわかっていたけど、改めて自分の中から湧いた「と?」だったんです。当たり前なんですけど、「哀ちゃんをどうするか」ではなくて、「哀ちゃんがどうしているか」というのがすごく見えたお話でしたね。
――哀ちゃんを演じている林原さんの中から湧いてくるものなんですか?
林原:ある程度作ったり、ある程度計算しているところもきっとあるんですけど、ここまで長くやっていると、もう、反応に近いかなと思います。
飼っていないですけど、例えば、いつも帰宅すると、一番にお迎えに来る自分の家の猫のみーちゃんが来ない時に、「あれ?」って思うことに近い。「あれ?」って、別に計算して言わないじゃないですか。
そうしたら、単純に寝ていたとか、どこかに挟まっていて「にゃー!」って鳴いていただけかもしれないけど、そういうものに近いかな。
だから、吉田さんが来た時に、咄嗟に反応しているのに近いです。それが流れと違ったり、違和感があれば、ディレクションが入ったりすると思うんです。
――そうなると、アドリブではないですけど、どこまででも言葉のやり取りができますよね。
林原:そうですね。だから、ずっとしゃべれと言われれば、設定さえ間違えてなければ、日常的なことは、しゃべれますね。
いつもどこかに演じてきたキャラクターがいる
――林原さんが役柄を演じる上で、(アフレコ収録の時)何かルーティンがあれば、教えてください。
林原:ルーティン……ないない、特に何もないです。今日は『名探偵コナン』というだけです。
――前にお話されていましたけど、朝起きた時に「今日は哀ちゃんだ」と思われるんですよね。
林原:そうそうそう。ずっと自分の中にいるから、今日は「哀ちゃんだな」という感じです。それこそ、もう終わっちゃいましたけど「今日はムサシ(『ポケットモンスター』)だな」、「今日は○○だな」という、それはどの作品でも、キャラクターでもあることなので、ルーティンとも違うかなという感じです。
――それはどこで切り替わるんでしょう。
林原:完全に切り替わるのはスタジオで第一声の時に切り替わります。とはいえ、前室というか、みんなで「おはよう」とか言い合ったりする時から、みなみちゃんと私の関係は、だいぶ江戸川コナンと灰原哀が入り混じった感じですね。
それは何となく、黒ずくめの組織のキャストのみなさんもそうです。前にみなみちゃんと2人だけで別のコラボ商品用ボイスを収録して、スタジオを出たら、黒ずくめの組織のみなさんがロビーで待っていたことがあったんです。その時に、怖すぎて1回スタジオに戻っちゃいましたもん(笑)。
高山みなみは90度で「お疲れさまでした!」と空回りするみたいにご挨拶していて、黒ずくめの組織のキャストのみなさんが言う「お疲れ」のひと言が「怖っ!」みたいな(笑)。
実際のみなさんは怖くなくて、優しいし、何でもないんですけど……。意識しているか、していないかの問題ではなくて、みなさま、まとって来ているんですよ。これはなかなかもういませんよ。
「キャッキャ」、「ワーワー」と楽しいお話しながら、スタジオに入って、収録で切り替わるという人は沢山いますけど、もうスタジオに来た時点で「キテる。キテるわ。着こんでるわ~」というのは、怖いです。
――林原さんは収録が終わっても、その場にその役のまま居続けることがあるとお聞きしました。哀ちゃんはいかがですか?
林原:いることはありますよ。いろいろ、いつかの日か、TVシリーズが終わったら?ちょっと抜けるのかな。不謹慎を覚悟で言うなら、コロナで自粛だった時、初めて脳が静かでしたね。「私ひとりでいていいんだ」と……。
あの時は、アフレコ収録が完全に止まっていましたから、いつできるかという不安はもちろんありましたけど、この仕事についてから「今日は誰」ということを考えないということが今までなかったんだなあって。だから、脳がとても静かで「今は、私の中に私ひとりなんだ」という状態でした。
――戸惑いもありましたか?
林原:いや、少し整理しようという感じですかね。いつもどこかにみんながいる。毎週何曜日に収録と決まっているんですけど、そうじゃない時に「コナンの仕事です」と呼ばれれば、デスクトップの一番わかりやすいところに出てくるから、常にみんながいるんですよね。すぐクリックできるところにそれぞれがいるみたいな感じです。終了して、デスクトップから消えてもハードディスクで眠っている?補完されている子たち含めて。
呼べば出てきます。 (笑)もちろん、今、哀ちゃんはデスクトップの真ん中ですよ。
――ありがとうございました!
[取材&文宋・莉淑(ソン・リスク)]
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劇場版『名探偵コナン 黒鉄の魚影(くろがねのサブマリン)』作品情報
公開情報
全国東宝系にて大ヒット公開中
ストーリー
東京・八丈島近海に建設された、世界中の警察が持つ防犯カメラを繋ぐための海洋施設『パシフィック・ブイ』。本格稼働に向けて、ヨーロッパの警察組織・ユーロポールが管轄するネットワークと接続するため、世界各国のエンジニアが集結。
そこでは顔認証システムを応用した、とある『新技術』のテストも進められていた―。
一方、園子の招待で八丈島にホエールウォッチングに来ていたコナンたち少年探偵団。するとコナンのもとへ沖矢昴(赤井秀一)から、ユーロポールの職員がドイツでジンに殺害された、という一本の電話が。不穏に思ったコナンは『パシフィック・ブイ』の警備に向かっていた黒田兵衛たち警視庁関係者が乗る警備艇に忍び込み、施設内に潜入。
すると、システム稼働に向け着々と準備が進められている施設内で、ひとりの女性エンジニアが黒ずくめの組織に誘拐される事件が発生…!さらに、彼女が持っていたある情報を記すUSB が組織の手に渡ってしまう…。
海中で不気味に唸るスクリュー音。そして八丈島に宿泊していた灰原のもとにも、黒い影が忍び寄り…
決して触れてはいけない玉手箱(ブラックボックス)が開かれたとき
封じ込めた過去がいま、洋上に浮かび上がる―
スタッフ&キャスト
原作:青山剛昌「名探偵コナン」(小学館「週刊少年サンデー」連載中)
監督:立川 譲 (劇場版名探偵コナン参加作品:「ゼロの執行人」)
脚本:櫻井武晴 (劇場版名探偵コナン参加作品:「緋色の弾丸」「ゼロの執行人」「純黒の悪夢」
「業火の向日葵」、「絶海の探偵」)
音楽:菅野祐悟 (劇場版名探偵コナン参加作品:「ハロウィンの花嫁」)
声の出演:高山みなみ、山崎和佳奈、小山力也、林原めぐみ ほか
配給:東宝
製作:小学館/読売テレビ/日本テレビ/ ShoPro /東宝/トムス・エンタテインメント