鎌倉時代にはない音楽もあえて取り入れて新しい和の曲を作りました|TVアニメ『逃げ上手の若君』連載第7回:劇伴制作担当・GEMBIの安田信二さんインタビュー
『魔人探偵脳噛ネウロ』『暗殺教室』を手掛けた人気作家・松井優征先生が描く歴史スペクタクル漫画『逃げ上手の若君』がTVアニメ化。2024年7月よりTOKYO MX・BS11ほかにて放送中です。
本作の主人公は、信頼していた幕臣・足利尊氏の謀反によってすべてを失った北条時行。時行は逃げ落ちてたどり着いた諏訪の地で仲間と出会い、訪れる困難を「逃げて」「生きて」乗り越えていきます。
アニメイトタイムズでは、本作の魅力を深掘りする連載インタビューを実施! 第7回目は劇伴制作を担当するGEMBIさん・立山秋航さんにお話を聞きました。今回は様々なジャンルから選りすぐりのトップミュージシャンが集められたGEMBIのリーダー・安田信二さんにインタビューした内容をお届け!
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日本のアニメ・漫画は誇らしい文化
――クラシック、ロック、ジャズ、ポップス、民族音楽、日本古来の音楽など様々なジャンルのトップミュージシャンたちが集まるバンド・GEMBI。これまでアニメ音楽にはあまり関わりがなかったかと思いますが、本作の劇伴を制作することになった経緯を教えてください。
安田信二さん(以下、安田):そもそもGEMBIは、鎌倉長谷寺の観音様の「造立1300年記念祝賀会」で演奏したのがきっかけで生まれたバンドなんです。当時のバンド名は「長谷寺殿の13人」。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にあやかりました(笑)。世界を代表するようなすごいメンバーが集まって演奏したのですが、「このままで終わらせたらダメだよ」という声をいただき、翌年にGEMBIという名前で、鎌倉芸術館にてライブを行ったんです。そのときに、(本作の音楽プロデューサーである)山内真治さんが見に来てくださっていたんですよ。
――そうだったんですね!
安田:当時は全く面識もありませんでしたが、ライブの2曲目を聴いたときに「『逃げ上手の若君』の曲を作ってもらったらいいんじゃないか」と思われたそうなんです。それで後日、以前から面識のあったGEMBIのメンバーでもあるギタリストの是永くん経由で「やっていただけますか?」とオファーしてくださいました。
――そういう経緯があったんですね。
安田:本作のオファーがくるまでは『鬼滅の刃』や『進撃の巨人』など話題作は見ていましたが、それ以外のアニメに触れる機会はあまりなくて。これを機にアニメを見てみようと思い、3,000本ぐらい一気に見ました。
――3,000本! かなりの数ですね。実際にアニメ・漫画文化に触れてみていかがでしたか?
安田:私の世代はアニメのことをマンガと言っていたのですが、マンガは中学生になったら見なくなるんですよ。「中学に行ったらもっと違うことをやらないと」という世代だったんです。でも、大人になって改めてアニメ・漫画に触れて、誇らしい文化だなと思いました。レベルの高さにビックリしています。大谷翔平選手以外にも日本には誇れるものがあるんだなと率直に思いました(笑)。
――なるほど(笑)。では、『逃げ上手の若君』の原作を読んだときの感想を教えてください。
安田:僕は学校の勉強全般が大嫌いだったのですが、特に社会の授業は「歴史ってのは面白いと言われてるのに、なぜ授業になるとなんでこんなに退屈なんだろう 」と思っていました(笑)。年表や人の名前をとにかくずっと叩き込まれていたんです。もっと、「この時代にはこういうことがあって、この時代の人はこうだった」という話をしてくれれば、歴史に興味を持てた気がします。
本作はそういう歴史の授業がつまらないという子供たちでも、興味を持つきっかけになる作品ではないかなと思いました。僕は地元の中学校の吹奏楽部にボランティアで教えに行くことがあるのですが、部員の子が本作のことを知っていて「すごく面白い」と言っています。
――実際に子どもたちが読んでいるんですね。
安田:そうなんです。僕は中学生の子たちと必ずアニメの話をするんですよ。そうすると、おっさんの僕にも心を開いてくれる子が多いので(笑)。部員が喧嘩したときには「ルフィは何を大事にしている? 帽子? それもそうだけど、仲間だろう?」という話をすることもありました。
――アニメや漫画がコミュニケーションツールのひとつになっている。
安田:そうですね。あと、僕はずっと鎌倉に住んでいたんですよ。稲村ヶ崎辺りを通るときは、「新田義貞はよくこんなところを越えて攻めてきたな」と思ったもんです。それに、子供の頃は京都に1年住んでいたこともあって。何だか本作とは縁があるなと思っています。
どこまで忠実に当時の音楽を作ればいいのか
――オファーがあって実際に劇伴を制作するにあたって、アニメスタッフの方々からはどんなリクエストがありましたか?
安田:最初に山内さんとお話したときに「ありがちな和のサウンドではなくて、ちょっと変わった新しいものを求めています」と言われたんです。
その話を聞いたときに、GEMBIにオファーしてくださった理由が分かりました。GEMBIはクラシックやポップスに加えて、日本古来の公家の音楽である雅楽、武士の能楽、庶民の歌舞伎の音楽といった様々なジャンルに精通したミュージシャンが在籍しているんです。音楽のジャンルを飛び越えて混ざり合う曲の演奏を目指しているので、オファーしていただけて、とても嬉しかったですね。
――なるほど。
安田:とはいえ、私はアニメの音楽を作った経験がなく、どこまで忠実に当時の音楽を作ればいいのかということは、最初は悩みました。というのも、時行が生きていた時代というのは雅楽の時代で、能が発展したのは室町時代ですし、歌舞伎なんかは主に江戸時代の庶民の音楽なんですよ。なので、忠実に当時の音楽を作るならば、雅楽の曲くらいしか作れないなと思っていました。
――そうなると、楽器なども限定されそうです。
安田:そうなんです。そうしたらアニメのスタッフさんから「ファンタジーなので、杓子定規にやらなくても大丈夫です。イメージとしてその時代が想起できれば」というお話をいただけて。あの言葉で、肩の荷が下りました。
それなら、色々な楽器や要素を入れてみようと。第1弾PVに使われた曲をはじめ、武士の音楽である能の「よぉ〜」や、そのほかにも女性歌舞伎囃子方の「よぉ〜」などの掛け声をいくつかの曲に取り入れるなど、鎌倉時代にはない音楽や楽器もあえて取り入れて新しい和の曲を作りました。
――和の楽器に加えて、金管・木管楽器、ヴァイオリンやエレキギターなども使われているのが印象的です。
安田:和の楽器ってインパクトが強いんですよね。だから、音楽の幅を少しでも広げるためにエレキギターやクラシックの楽器などを入れました。
――私は、吹奏楽部での日々が青春だったんです。だから、本作の劇伴でブラスが目立っている曲があって、テンションがあがりました。
安田:ブラスのサウンドと言えば、一般的にはトランペット・トロンボーンなどでセクションを組むことが多いと思いますが、GEMBIの場合はユーフォニアムやバストロンボーン、あとはクラシックサックスなんかも入っています。ユーフォニアムとかを吹奏楽でやっていた人は、プロになりたいと言ってもオーケストラに入れる訳じゃないんですよね。だから、吹奏楽オリジナルじゃなくても、活躍する曲があるといいなと思っていて。劇伴を聞いてくれた吹奏楽部の子が「こういう曲もあるんだな」と喜んでくれたらという思いも馳せながら、作っていました。
――そういう意味では、オーケストラ編成ではふつうは入らないような楽器も今回の劇伴で使われている。
安田:そうですね。オーケストラで使われる楽器って、洗練されてはいるんですよ。ただサックスもユーフォニアムもとてもいい楽器なので、何とか組み込みたいなと思いながら、曲を制作しました。
――そうして、新しい和のサウンドを作り上げていった。
安田:とはいえ、守らなくちゃいけない部分もあるんです。雅楽・能・歌舞伎のことを何も知らずにでたらめに作るのと、分かったうえであえて変えるのでは、深みが全然違うんですよね。色々な楽器を取り入れてはいますが、守るべきところは極力守って劇伴を作ったつもりです。