『TIGER & BUNNY』のさとうけいいち監督がアニメ化不可能と言われた問題作『アシュラ』を映画化! 制作の経緯や作品の見どころなどを語っていただきました!
2012年9月29日より東映系で上映予定のアニメ映画『アシュラ』。大ヒットアニメ『TIGER & BUNNY』の監督・さとうけいいちさんが手掛け、野沢雅子さん、北大路欣也さん、林原めぐみさんなど豪華声優陣も参加していることで、話題を集めている。
原作は、『週刊少年マガジン』(講談社)で1970年から1971年まで連載されたジョージ秋山さんによる漫画作品。15世紀中期、洪水や干ばつ、飢饉などで荒野と化した京都を舞台に、ケダモノとして生きる少年・アシュラがひとりの少女と出会い、人の心を知ることになる。あまりに過激な描写が多いため、未成年への販売禁止、社会問題への発展など、昭和の問題作として何かと注目を集めた漫画だ。
今回は、監督のさとうけいいちさんに『アシュラ』制作までの経緯や、原作から変更した内容についてなどを語っていただ
■映画としてのテーマはなんだろうと自分のなかで模索しました
――『アシュラ』を制作することになったキッカケは?
さとうけいいち監督(以下、さとう監督):プロデューサーの池澤さんからお話を頂いたのがキッカケですね。企画と制作に関しては以前から準備されていたようで、私が参加する前からプロジェクト自体は動いていました。内容も含めて意外と難しい案件で、なかなか形にできない状態だったようです。
私が参加する段階では、すでにCGモデルや絵コンテもありました。ただ、それを形にできないんだという話だったので、当初はお助けマンのような気分で入りました。……今思うと軽はずみだったなと思います(笑)。
私は自分で企画を行う作品をメインに制作していたため、原作物を取り扱ったことがありませんでした。そのため、『アシュラ』が初の原作物の監督となります。最初は「どうしたものか」と悩みましたね(笑)。『アシュラ』というタイトルは知っていましたが、実際に読んでいた世代ではありません。
『TIGER & BUNNY』はコメディでヒーローアクション物という、本来自分のなかで得意とするジャンルでした。『アシュラ』に関してはアクション要素こそありますが、格好良さで片付けられる作品ではありません。だから最初は葛藤――というか、監督として何を要求されているのか、映画としてのテーマはなんだろうと自分のなかで模索しましたね。
『アシュラ』の原作では、後に描かれた『アシュラ 完結編』で、作中に登場する青年とともに高僧になるという結末になっていますが、最初に頂いた映画版のシナリオにはそういったシーンは描かれておらず、若狭(※アシュラに愛情を持って接してくれた数少ない女性)との出会いによってアシュラが変わっていく、受け取り方次第ではデートムービーにもできますよという物でした。最初の都の惨劇もなく、母親が飢餓のなかでアシュラを産むシーンから物語は始まります。そして、最後はアシュラが橋から落ちて死んだのか分からない、バッドエンドなのかも分からないようなオチになっていました。結果として、現象だけを見せた残酷な話としか捉えられなかったため、当初自分のなかで「作品を作る」というモチベーションにもって行けなかったんです。
そんななか、去年の2011年3月11日に東日本大震災が発生しました。『アシュラ』におけるネガティブ要素などよりも、現実の方がもっとネガティブになってしまったわけです。自分の身内も仙台で被災して、教員をしていた義理の弟は現地でボランティアを行っていて、被災状況の写真など送って頂きました。
震災後、自分を取り巻く状況を含めて、クリエイターとして多くの方々にメッセージを送り出せるという状況や、海外のメディアを通じて海外が日本をどう見ているのかも再確認できました。そんな、物作りの悩みと現実の悩みから、この『アシュラ』は、少しずつ動き始めたんです。
■ 震災で悩み苦しんでいることに直面したからこそ、「生きる」ことを前面に押し出すことができた
――震災により作品で伝えたい部分が明確化してきたわけですね。
さとう監督:人の死や多くの経験を積み重ねていきながら、結果的にアシュラが人になるという流れを、短くとも謳った方がいいと考えたんです。それらを踏まえて、去年の夏ぐらいに全体的な構成を立て直し、構成もすべてやり直しました。
一度、私が参加する前の形を、ラフな状態で繋いでみたんですよ。ですが、自分のなかでまったく納得するものではなかった。たしかに映画を作るだけだったらできますよ。でも、今自分が置かれている状況のなかで、「何を人に伝えたいのか」を見直したんです。
『アシュラ』という過去の作品を、今の時代に映画で作りましたよと言っても、乱暴なだけになる。また、震災で何千もの方々が、大切な人や思い出の場所を失い、悲しい状況に置かれている。そんな現実のなかで、ただ生死を扱っている作品を形にしただけではいけないと思ったんです。「我々は辛い現実を直視し、泥臭くても、美しくなくても、瓦礫の下から這い上がって生きなきゃいけない」ということを、この『アシュラ』を通して国内外の方に向けて伝えていこうと決めました。
その思いから、人類愛や人間愛を感じさせる最初の構成に全部蓋させて頂きました。そして、人は身を切ると血が流れ、溢れてくる感情は涙として溢れ出す、「生きる表現」を全面に出した形のフィルムを作ることにしたんです。シナリオを書いた高橋郁子さんにもテーマの変化を説明し、共感を頂いたんです。
正直な話をしますと、映画である以上多くの方に見て頂ければならないです。しかし、この作品の場合は「作りきりたい」という思いのほうが先にありました。なにかを感じて頂ける、そんな作品を作りたい。震災前にあった「アレも見せたいコレも見せたい」という内容と比べると、震災後の「生きる表現」への変化によってストレートでシンプルな内容に変わっています。
――声優にも力を入れていますよね。収録時の出来事エピソードなどはありますか?
さとう監督:こちらが伝えたかったことを私以上に気持ちを乗せて頂いて、演じるなかで叫んでくれています。うまく演じようという思いで臨んではない気がしました。
なかでも思い出深いのが、若狭役の林原めぐみさんです。彼女は売れっ子で、声優界ではスター的存在ですよね。『スレイヤーズ』のリナ=インバースのような元気なおてんばキャラから、『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイのような物静かなキャラまで幅広く演じられる才能のある人ですが、『アシュラ』の若狭は、普段彼女に求められているジャンルのものとは今回違ったんですよね。若狭の設定年齢こそ16歳ですが、15世紀中期の女性なので、現代の16歳とは勝手が違います。そういったところも踏まえて頂き、あまり役の年齢を意識しなくていいですよとオファーしました。非常に気持ちののった演技をしてくれています。
七郎役の平田広明さんには、ネタもあって「若く演じてよ!」と言いましたけれど(笑)。声優のみなさんには「できるだけライブ感のある、等身大で演じてほしい」とお願いしました。この作品では、うまく生きていけない姿や、不器用な人間らしさなどを表現してほしかったんです。なにかの芸風に当て込んだ声や雰囲気だと、「このキャラクターは○○さんだな」と余計な情報が入り込んでしまいます。今回オファーした役者さんは、等身大で演じられる方たちにお願いしました。
■日々の日常のなかでは気にしなかったことを、急に突き付けられる感覚になると思います
――『TIGER & BUNNY』で監督をされた経歴を踏まえてのエピソードはありますか?
さとう監督:『アシュラ』ではバイオレンスな映像表現がたくさんありますが、必要のないものは入れていません。まずその部分を分かってほしいです。
先日、フランスの映画祭や上海の国際映画祭に行ってきました。そこで、『TIGER & BUNNY』ファンに集まって頂いたときに、「さとうの新作だから見てみたい」という声を頂きました。彼らとは上映後にお話をする機会がありまして、ストレートな意見を聞かせてもらったんです。
彼らは、「『アシュラ』は、多くの人に見てもらいたい作品だ」と言うんですよ。『TIGER & BUNNY』などのワクワクする作品とは本質的に違いますが、『アシュラ』のテーマをストレートにキャッチをして頂けたんだなと思ってます。
また、「映像美としての光の表現、アニメーションでありながらレンズ効果やカメラワークで実写っぽさを演出する。さとうの作品はそういう実写らしらがあるから好きです」という人もいました。バイオレンスなシーンでは、一瞬目を背けたくなるけどちゃんと目を戻して見てくれる。そのシーンに込めた意味を分かってもらえて嬉しかったです。国や言葉は違えど、うまく伝わったんだと。国を超えたら伝わらないという怖さは、物作りのうえで常にあるものですから、ひとまず安心しました。
反響の強さに関しては、女性の方が多かったですね。中には、目を赤くして想いのたけをを語って下さった方もいました。それは国内においても同じで、女性の方のほうが、よりキャラクターの内面的な部分を見ているのかなと思います。
『TIGER & BUNNY』のファンが見て頂ければ、伝えたい部分は似ていると感じてもらえると思います。「人はうまく、格好良くなんて生きていられない。オッサンになろうが、泥臭くても醜く見えても、人間らしく生きているとそれはカッコイイものなんだ」そんなテーマを、『TIGER & BUNNY』でも『アシュラ』でも、ひとつのテーマとして掲げています。
私が携わる作品で、主人公におかれている人間は神がかった能力はありません。主人公には等身大であってほしいし、視聴者が共感できる部分はそこだと思っています。格好悪いからダメではない。たとえ格好悪くても、前向きに何かを成し遂げることが重要なんです。
――注目してほしいシーンや演出部分を教えてください。
さとう監督:終盤にアシュラと若狭がすれ違うシーンで、ストップモーションになる部分ですね。ああいう表現は、『TIGER & BUNNY』と似ていますし、僕の芸風です。アクションシーンで急激にスローになったりとか。試写会で「ああ、『アシュラ』でもやっちゃうんだ」と思われた方もいるかもしれませんね(笑)。
あと、登場人物の瞳にも注目してほしいです。物語の序盤、アシュラの瞳はシベリアンハスキーのようなリング状になっていて、彼が人間の心を宿し始めると水玉のような通常の瞳のハイライトになっていきます。逆に、彼と対局となる人物は、人殺しを始めると目のハイライトが逆転していきます。このような細かなグラフィックの変化が多数用意されているので、何度か見直してみると面白いと思います。
――最後にひと言メッセージをお願いします。
さとう監督:『アシュラ』は原作があるとはいえ、知らない人が大半だと思って作りました。映像化する題材としてはとても難題だったと感じています。でも、テーマはハッキリした作品になったと思うんですよね。
実際に鑑賞してみると、日常では気にしてなかったことを、急に突き付けられる感覚になると思います。普段の生活のなかで「生きているってなんだ?」とは、あまり考えないでしょう。だからこそ、こういったストレートなテーマを出すことはアリかなと思います。
とにかく怖い物見たさでもいいので、食わず嫌いせずにまずは見てほしい。『TIGER & BUNNY』のルックス部分が好きな方も多いと思いますが、さとうが作る映画の共通点を感じ取れると思います。
ぜひ、お時間が許す方は見て欲しいです。
<作品データ>
タイトル:アシュラ
公開日:2012年9月29日(土)
原作:ジョージ秋山
監督:さとうけいいち
脚本:高橋郁子
キャスト:野沢雅子、北大路欣也、林原めぐみ、玄田哲章、平田広明、島田敏、山像かおり、山口勝平、水島裕、ほか
>>映画『アシュラ』公式ページ