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- 逆井マリ
- 神奈川県横浜市出身。音楽フリーペーパー編集部を経て、フリーのライターとしてインタビュー等の執筆を手掛ける。
デビュー10周年という記念すべきアニバーサリーイヤーを迎えたシンガー・川田まみさんのフルアルバム『PARABLEPSIA』が2015年9月16日(水)にリリースされました。約3年ぶりとなる今作のテーマは、ズバリ「E.M.R. (Electric.Mami Kawada.Rock)」。TVアニメ『ヨルムンガンド』OPテーマ「Borderland」、TVアニメ『東京レイヴンズ』新EDテーマ「Break a spell」を含む全13曲が収録されており、作/編曲はお馴染みのI'veが手がけています。
今回、アニメイトTVでは、そんな川田さんにインタビューを敢行。10周年というキャリアを積んだからこそ感じる不安や葛藤と、それでも前に進んでいきたいという強い意志──そんな彼女の生き様があらわれたうたをじっくり聴いてくださいませ!
●「未来は明るい!!とだけ言うのは無責任なのでは?」
――デビューから10周年を迎えられた心境からまずは教えて下さい。
川田まみさん(以下、川田):迎えた瞬間の今年の2月は正直全然実感がなく、いつもと全く変わらない心境でした。むしろだんだんと10周年記念日が近づいているんだ…と迎える寸前までの方が、期待と不安が入り交じっていましたね。ですが、今まさに10周年イヤーを走らせていただいている最中で、この間にあったイベントやお会いするスタッフ・ファンの人達にお声をかけていただく事でじわじわと周年を感じているところです。この10年の間に作ってきた楽曲達、出会ってきた人や作品達に私は守られてきたんだと、ここ最近は思う事が非常に多くなりただただ感謝の気持ちでいっぱいです。
――そして3年振りのアルバム『PARABLEPSIA』がリリースされます。前作からどんな気持ちで向かっていったのでしょうか。また、I'veチームとはどんな話し合いをされたのでしょうか。
川田:前作からこれまでの3年間は色々と思う事が多く、良い事も沢山ありましたが行き詰まりを感じる瞬間も多々あり空回りしていました。業界的にも中堅どころになってきまして、まだまだ現役で活躍されている大先輩もいらっしゃいますが、若手の後輩の方がどんどん多くなってきました。
そんな後輩や若い世代へエールを送りたい!!と思う反面、自分のこの先の未来は非常に短く細いものなのでは?と矛盾や葛藤、不安を感じるようになりました。しかし私には新しいものにはあり得ない沢山の思い出や作品、支えてくれる人達がいることも事実で、そこに助けられた3年間でもあったというのが最終的に前向きになれた要因であり、アルバムにもその気持ちで向かえました。
I'veチームとはこれまで以上に打ち合わせ・話し合いを重ねに重ねて制作してきました。10周年を迎えて、今改めて「川田まみサウンド」とは??それを極めるんだ!!というところから打ち合わせはスタート。他にもアルバムのタイトルやビジュアル・全体的イメージ、DEMOも毎度みんなで聴き合って「ここはこうしよう!」なんていう細かい話も沢山重ねてきました。
――『PARABLEPSIA』のコンセプトを教えてください。オフィシャルホームページには「E.M.R. (Electric.Mami Kawada.Rock)の集大成となるアルバム」とありますが、それがテーマとなって、改めてご自身の音楽と向き合ったのでしょうか。
川田:今回のアルバム制作においてまず話し合われたのはサウンド面。「川田まみ」がこの10年の歴史の中で作ってきたエレクトリックやデジタルとロックの融合。ここを中心としよう!と話し合いが行われた中で、分かり易くワードを作り上げたのが「E.M.R」です。これを掲げる事で制作陣や私、他のスタッフの意思統一をはかりました。改めて自身の音楽と向き合った……というよりは、この言葉を作った事で色濃く分かり易くなったかな?と思います。
私の想いとしましては、この3年又は10年で感じた事の全てを詰め込むつもりでいました。10年選手としてただただ明るいだけが未来じゃない事も沢山知った今、「夢って素晴らしい!未来は明るい!!」とだけ言うのは無責任なのでは?と。この蠢く世の中はまるで「PARABLEPSIA(錯視)の世界」、動かぬ事実がまるで嘘のように見えたり、騙したり騙されたりするけど、でも時は進んでいて明日を向いていかなきゃ行けないんだよ!!!!っていう、一見後ろ向きかもしれませんが、私にとっては非常に前向きで「だからこそ!!頑張ってやるんだ」って強い想いをこのアルバムで表現し、伝えたかったです。
――アニソンシーンのなかで独自の立ち位置を築いている川田さんですが、色々な音楽があるなかでなぜ「ロック」に向かったと思いますか? そして、ロックを歌うことで、何を掴みたいと思ったのでしょうか。
川田:何故でしょう……(笑)。何故ロックを歌っているかと聞かれると、実はわからないんです(笑)。このアニソン業界において、幅広いジャンルをこなせるのはアニソンの特色であり素晴らしいことですが、何か自分の指針となるものがやはりシンガー1本でやっているのであれば必要だと私は思います。私にも色んな遍歴があり、今でもロック調以外の楽曲も歌います。ただその中でも「らしさ」を自分のものにできるかできないか、それはデビュー時からの課題ではありました。
そんな時にI'veのクリエーターでありプロデューサーの中沢伴行さんが、方向を示してくれたのは大きかったと思います。彼が手がけた『JOINT』。当時は非常に葛藤がありましたが、背中を押してくれて今があるので感謝しています。私が今でもこうして活動させてもらえる一つに、この音楽性も欠かせないのではないでしょうか。
●「最後まで妥協せずにできあがった作品」
――アルバム制作を振り返るといかがですか?
川田:産みの苦しみは大変ではありますけど、とても充実した制作期間だったなと思います。15年近く連れ添ったI've陣。彼らとは今までずっと同じようなやり方で制作してきました。しかし今思うと、これまでは「I'veのそれぞれのクリエーターの音に川田まみが乗る」的やり方をしてきたように感じます。
今回もいっけん同じ事なのですが、バリエーションを絞って限りなく「川田まみ」に寄り添ってくれる制作のやり方だったなと。1週間に1度アルバム会議も設けました。納期が間に合わなくてみんなピリピリしていた時期もありますが、それもとても前向きで。最後まで妥協せずにできあがった作品なので、これで満足じゃない!といったらバチが当たるくらいですっ!!
――楽曲のことも教えて下さい。アルバムの歌詞は「前に行く」という川田さんの意志を感じさせるような楽曲が多く、歌詞もそれを感じさせる前向きな言葉が多々登場します。そのなかで『Enchantress』は、少し異質の曲に感じました。これはどんな想いで書いた曲なのでしょうか。
川田:『Enchantress』は確かにどちらともつかない微妙なラインを描いた曲です。『Enchantress』の意味は魔女・魅了する女という意味があります。何かに極め、それでも駄目だ…と諦めかけたその瞬間に入る朗報。やっと手に掴めた仕事やコツが嘘のように消えてしまうような運命のイタズラに翻弄される瞬間を、魔女のイタズラに例えて描いてみました。日々そんな運命のマジックにかかりながら生きているように思います。
――『parablepsia』をオープニグに選んだ理由を教えて下さい。また、この曲にしかり、コーラスが美しい曲が多いです。意識したところでしょうか。
川田:以前まではアルバムのタイトル曲を誰が担当するか、まず一人決めて制作してもらっていたんですが、今回は上にあげた「E.M.R」を各クリエーターが思う1曲という形でみなさんに書いてもらいました。そこから私的に一番タイトルに近いと感じる1曲を選んだのが『parablepsia』です。今回は高瀬一矢さんの曲が一番イメージに近いものでした。
しかし実はこの曲、始めのDEMOからは随分メロディーもアレンジも変わりまして、出来上がって行く過程で1曲目にする事になったんです。1曲目に選んだ理由としましては「はじまり」をイメージさせるなと感じたのと(テンポ感もちょうど良かった)、1曲目から『PARABLEPSIA』=錯視の世界へ誘える1曲な気がしたからです。
コーラスワークはむしろI'veらしさと言った方がいいのかもしれませんね。昔からコーラスワークは非常に特殊で、多重にしていく方法をとっています。私はむしろずっとI'veにいるので、そのやり方しか知らなかったりするんですけど…。今回のアルバムは敢えてコーラスを多めにしたというワケではなく、レコーディングの最中に思いついたものをどんどん入れていくという感じで進めていきました。私の声はコーラスワークに向いていると高瀬さんもおっしゃるので、自然と増えていくのかもしれませんね。
●「E.M.R」の中心が『Borderland』
――TVアニメ『ヨルムンガンド』OPテーマ『Borderland』を改めて聴いてみるといかがですか?
川田:実はこの曲が『PARABLEPSIA』の中心になっている曲なんです。「E.M.R」の中心が『Borderland』と言っても過言ではないと思います。シングルリリースは随分前ですしBESTアルバムには収録されているのですが、どうしてもオリジナルアルバムに収録したかった!! 「緋色の空」~「JOINT」があり、「No buts!」でまた一つ私の代表格が生まれたのですが、更に『Borderland』でまた川田まみのサウンドっていうのが確立されたように思うんです。改めて聞いても色褪せないし、完成されたものを感じます。
――私は『PIST』が特に好きなのですが、この中に「破って 既存のルール 今ゲートは開いた」という言葉があります。川田さんが今年参加したアニサマのテーマも「ザ・ゲート」でしたが、どんな気持ちで歌った曲なのか教えて下さい。
川田:ついつい経験が長くなると後ろを見がちです。「これだけ頑張ってきた!!」って気持ちは背中を押してくれますし、歴史が自分を作っているのですが過去というのは足枷になる時もあります。この曲はDEMOをもらった時に緊迫感のある印象をもちました。そこでイメージしたのがライブ寸前の舞台袖での緊張感。この歌詞ではライブの事には一切触れていませんが、私的に一番“PIST”を感じる瞬間です。
「PIST」はピストバイク=ブレーキのない自転車からとっています。10年経ったって怖いものは怖いし、この先どうなるかわかんない!!でも後ろは見ない、後ろは無い!!もう前だけ見て飛び込んでやるんだー!!って(笑)。過去や歴史というブレーキでガチガチになってしまったこの体。でも本当は未熟さだって十分に感じていて、未だにちっとも自分を乗りこなせていない……。だったら私はブレーキのない自転車のように突き進むんだって、自分自身に気合いを入れた1曲です。
――タイアップ曲のひとつ『here.』は全歌詞英語ですが英語で歌う難しさはありましたか? また、『HOWL』は声の表情が豊かで聴いてて凄く楽しかったのですが、こちらも歌うのが難しい印象です。レコーディングはいかがでしたか。
川田:非常に難しかったです!!!(笑) ただでさえこの2曲は「ブラックラグーン」の2曲。私の中でブラックラグーンと言えば「Red fraction」なので、プレッシャーでしかなかったです(笑)。『here.』はレコーディングに2日かけました。1日目は練習、2日目に本番です。2日目は体に馴染んできたのが分かったので、かなり楽しく歌えましたし、サビの伸びが気持ち良かったですね。
『HOWL』は音の制作の段階で、私にこういう声で歌って欲しい!というイメージがあったといいます。(高瀬さん制作、レコーディングディレクターです) 私はハードな曲が多いですし、ビジュアルイメージもクールだと言ってもらいますが、実際の声はけっこう甘い声なんですね。そこを引き出しつつハードさも出す… 声で実験しているみたいでした(笑)。
●「『seed』のアンサーソング的存在」
――ラストの『Dendritic Quartz』はこれまでの曲とは違って、凄く穏やかな曲調で、川田さんの強い決意を感じさせるような言葉も印象的です。どんな想いで歌った曲ですか?
川田:この曲は私のファーストアルバムの「SEED」に収録されているタイトル曲「seed」のアンサーソング的存在なんです。楽曲の制作も同じ中沢伴行さん。はじめからそういう想いがあるので…と、私の気持ちもサウンドイメージも伝えて制作に入ってもらいました。『Dendritic Quartz』とは石の名前です。“永久に枯れない樹々を封じ込められた石”と言われているそうです。
まだまだ駆け出したばかりのデビューしたての私は、世界を何も知らない「種=seed」でしたが、そこから10年経って……今。普通の花は枯れてしまいますけど、気持ちはいつまでも咲き続けていたい。そんな気持ちをこの曲に封じ込めたんです。ちなみに歌詞の中に「無知は無力を知り 未知は満ちて見上げた」という箇所があるのですが、「seed」の中に「無知の種」「未知の種」という歌詞がありまして、そこをちょっと引用してみたりして、隠れたギミックもあるんですよ。
――特に川田さんのなかで思い出深い曲があれば、教えて下さい。
川田:私的には「fly blind」でしょうか。まさに私の弱さをあらわした1曲、大好きであり消し去りたいくらい大嫌いな1曲。コンプレックスを表現した曲です。今までの音楽生活非常に恵まれていて、常に素晴らしいお仕事、大きなステージを用意していただいてきました。しかし私自身が本当にそこに立つべき人間なのか?と考える時もありましたし、どこか最後の一歩が踏み出せない気がして不甲斐なさを感じてばかりでした。
そう、私の弱さはその最後の一歩。今回はそこをさらけ出そう!と決めました。人は何かにとらわれたり気にしたりしがちですが、本当に大切な何かはもっと純粋ですぐそばにあるもの。そこに立ち返れる曲になったように思います。初心にかえる為の1曲です。
●「私は凛と揺るがない」
――アルバムの手ごたえはいかがですか。
川田:すごく手応えを感じています。ある意味私のファーストアルバムと言ってもいいかもしれません。思った以上にストイックでクールな楽曲が揃いましたが、今だからこそできたアルバム。自分らしさで溢れた1枚だと思っています。
――タイトルは「錯視」という意味だそうですが、この言葉を選んだ理由とは?
川田:「錯視」とは、実際は動いていな画像が動いて見えたり、同じサイズの図形が違う大きさに見える……などどうしても脳がそう判断して騙されちゃう現象だそうです。私自身は年こそ重ねてしまいしたが、何も変わらない(つもり)。札幌を拠点に活動していてI'veにも10年以上所属していて、環境もそれほど大きく変わったようには思っていませんでした。
しかし自分が思っているよりも時は移り変わり、時代の変化もあります。そんな時の流れの中で自分自身すらも見えなくなる事がある……思っていた事実が歪んでみる、誰かを信じられなくなる……まるで私にはそれが「錯視」の世界にみえたんです。
――ジャケットの凛とした表情で上を見つめる川田さんが印象的です。どんな想いを込めたジャケットなのでしょうか。
川田:元々は3Dの中に浮いているような私の姿をおさめる予定でいました。スッと立っているよりも、無重力の中で漂うような浮遊感のあるポージングがもともとのイメージです。ただ色々試した中で、結果的に今回のジャケットの様なスタイルが一番らしさを表現できました。『PARABLEPSIA』の意味は「錯視」なので、よく見る画像や「騙し絵」というイメージがあると思うんですけど、その世界の中でも、私は凛と揺るがない…という真っ直ぐさが表現できたと思います。
――10周年を迎えて、”これから”の川田さんの目標を教えて下さい。また川田さんのなかでのアニソンの魅力を改めて教えて下さい。
川田:10年を越えたことで、この1年は感謝の1年にしたいという気持ちでいっぱいなのですが、実はそれ以降の自分の目標は考えている最中なんです。例えば若い世代へのアプローチなんかは考えているのですが、その前に自分がそこに向き合える自分であるのか??という所で、今立ち止まっています。それを10周年イヤーが終わる頃には見つけて行きたいというのが正直な気持ちです。
アニソンの魅力……熱い事!!! 私は特に「ソコ」をやらせてもらってきていますが。単に音が激しいとうだけでなく、魂が熱い事。それは聴いてくれる人や周りの環境が熱く、愛に溢れている現場だからなのかもしれません。
――最後にツアーの意気込みを。
川田:今回のツアーは初めて行かせていただく場所もあります。久しぶりのアルバムに加え、久しぶりにちょっと遠くにまで行く事のできるツアーなので、誠心誠意をもって各会場に想いを残していきたいと思っています。実際の中身は、『PARABLEPSIA』のクールでちょっと大人?な世界観を残しつつも、激しくぶつかりあうような内容になりそうなので、そこに負けない精神力と体力を付けて臨みたいと思ってます!!
[インタビュー:逆井マリ]
神奈川県横浜市出身。既婚、一児の母。音楽フリーペーパー編集部を経て、フリーのライターとしてインタビュー等の執筆を手掛ける。パンクからアニソン、2.5次元舞台、ゲーム、グルメ、教育まで、ジャンル問わず、自分の“好き”を必死に追いかけ中。はじめてのめり込んだアニメは『楽しいムーミン一家』。インタビューでリアルな心情や生き方を聞くことが好き。