遊歩役、声優・寿美菜子さんインタビュー──『夜明け告げるルーのうた』は前を向こうと思える作品
『ピンポン』『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』など、独特の世界観を作り出し、多くのファンを魅了している湯浅政明監督。湯浅監督が「ほんとうに作りたかった物語」として銘打たれている『夜明け告げるルーのうた』が2017年5月19日より全国でロードショーされます。
今回は、メインキャラクターである遊歩を演じる寿美菜子さんのインタビューをお届け。様々な葛藤を見せる難しい役柄に寿さんはどう挑んだのでしょうか?「湯浅監督の愛」を感じたという、温かいメッセージが溢れたインタビューの模様をお楽しみください。
何も考えずに役に入り込めた
──まずは作品をご覧になった感想をお願いします。
遊歩役・寿美菜子さん(以下、寿):実はさきほどDVDで完成版を見終えたばかりなんです。役者として湯浅監督の作品に出られたことに感謝ですね。
この作品を見た人の感想がそれぞれ違うって聞いたんですが、「なるほどな」って思いました。私は、見終えた後に、理屈抜きで「よかった」って思えました。ほっとしたり、「いいもの見たな」って思った後の心がじわーっと温かくなる感覚がありましたね。それは私が出演していたからなのか、ちゃんとできたという安心感からなのか、それとも湯浅監督マジックなのか。全部だとは思うんですけどね(笑)。
『夜明け告げるルーのうた』で監督が伝えたかったものは、たくさんあるんだと思います。「これだけを伝えたい」というよりも、「これもあれもこれも」って感じ。でもその全部が大事で、何回も見て、もっと受け取りたいと思いました。
──好きなシーンや気になったシーンはどこでしょうか?
寿:たくさんあるんですけど、個人的にはダンスシーンですね。監督も仰っていたんですけど、突然町の人たちが踊りだす手法は映画としてもよくありますよね。作品を見たときに自分のテンションが作品に乗っていないときは、「踊りだしたぞ突然!」とビックリしてしまうこともあると思うんですけど、『夜明け告げるルーのうた』は違和感を抱かせないまま、無条件に「いいよね」「うん、いい」って言わせるパワーを持っているんです。「これはマジックだな」と思いましたよ。私はそこがずっとお気に入りです。
家でアフレコの練習をしている時も、「ここのシーン、どうしようかな?」って悩んだらダンスシーンを見ていました。何回も振り返ってダンスシーンを見ていて、なんというか、子供の時に同じシーンを何回も見ちゃう感覚と同じなのかなと思いました(笑)。
あと、YUIさんの「fight」が流れたシーンもよかったですね。遊歩が好きな曲でもあるんですが、曲と共に遊歩が動き出すのを見て、自分が演じているのにちょっとグッときちゃいました。
でも、よく考えてみると、こういった経験ってあんまりないんですよ。いつも自分が出演した作品を一番最初に見るときは「私このときこうしたかったんだな」「ここはこうするべきだった」って考えてしまうんです。役者の寿美菜子が出てきてしまうというか。今回は、何も考えずに作品の中に入っていけたんです。
私はどの作品でも、特にアニメはそうなんですが、みんなが一致団結して頑張るシーンがすごく好きで。だから遊歩が一生懸命頑張るシーンは顔が真っ赤になって、倒れてもいいやっていうくらい、息ができないくらい本気で演じました。自分の思いも乗ってるし、絵も音楽もそれ以上に乗ってるし、すべてが合致してグッときました。
遊歩の溢れ出る明るさ
──カイ(CV:下田翔大さん)をはじめ、少年たちの掛け合いも見どころだと思います。特に遊歩に思いを寄せる国夫(CV:斉藤壮馬さん)もいいキャラクターでしたね。
寿:そうですよね。でも残念ながら、遊歩にとって国夫は「いいやつだな」って思うくらいの友達なんです。私も遊歩である事に対して一生懸命だった分、収録では国夫のセリフが思ったより聞けてなかったんだなって実感しました。
国夫は遊歩に目線を向けたり、声をかけたりしているのに、遊歩はカイしか見ていなかったり、自分のことでいっぱいだったりします。私もアフレコ現場にいたとき、遊歩でいようと意識していたことや、下田さんとはじめましてということもあって、いっぱいいっぱいになってたんだと思います。カイも国夫もいろんなところを見て、これだけの声を遊歩に投げかけてくれていたんだなって、完成品を見て気づきましたね。
──寿さんから見て、遊歩はどんなキャラクターだと思いましたか?
寿:嘘がない、いい子だなと思いました。その分、傷つきやすいとことや嘘をつけないところもあります。結果、起こす行動は、怒るか、笑うかが多いので、どうしてもパターンが少なくなってしまうところは、演じていて難しいなと思いました。
だからこそ可愛らしいし、そんなところもあの年ごろならではの魅力だなとも思っていて。オーディションの時から「表情がいろいろと変わればいいな」って思い描きながら演じていたので、実際にアフレコ用のDVDを見て、こんなにも表情がコロコロ変わってくれて嬉しかったですね。私にはできないくらいのサイズで口を開けたり、「いひー」って笑っていたり。
完成品を見て、みんなの会話を聞いたときに、カイと国夫と遊歩は、ちょうどいいバランスになったなと改めて感じました。この3人をすべて声優さんが演じていたら、また違った感じのキャラクター作りになっていたと思いますし、リアル中学生の下田さんが入ってくれたからこそのよさが出たんだと思います。だからこそ引き出された遊歩の良さもあったのかなって。
──なるほど。特に遊歩は明るい性格に見えていろんな葛藤を抱えています。演じる上でも大変だったかと思いますが。
寿:遊歩の中で葛藤は常にあって、だからこそ感情がコロコロ変わります。感情は簡単に喜怒哀楽の4つがあるけど、人間の感情ってもっと細かいですよね。遊歩は他のキャラクターよりも、喜びと楽しさを両方合わせた気持ちをはじめ、いろんな複雑な感情を出しています。
舞台になっている日無町はすごく狭い町で、きっと地方と呼ばれる場所です。私も学生の頃は、「ここがすべての世界だ」って思うくらい狭い世界の中で生きていました。だからこそ、出会うすべてが新鮮で。それは、今だとでない感覚ですよね。遊歩たちが、バンド練習を毎日やっていることも同じだと思うんです。ちょっとした違いもキラキラした色鮮やかなものに見える。
そんな彼女たちの姿を見て、演じる上で、常に新しい気持ちで更新されていかないといけないと思ったんです。葛藤も日に日に募っていくものだし、喜びも日によって違う。コロコロと気持ちが変わる部分は、意識して演じていましたね。そして遊歩は、今を頑張りたい気持ちと未来へのモチベーション、現実と理想のギャップでの苦しさを常に抱えながらも溢れ出る明るさなどを考えながら演じさせていただきました。
いさき先輩の胸に刺さるセリフ
──心にきたシーンなどはありましたか?
寿:遊歩がいさき先輩とあんなに関われると思っていなくて、二人のシーンはどれもお気に入りです。いさき先輩は、すごくいいことを言ってくれるんです。「あんた素直じゃないから」「ほんとうのことは自分の中にしかないからね」というセリフは、個人的にもすごくグサっとくる言葉で。私も周りの人たちに好きだっていう気持ちを声にしていなかったなって思ったんです。
そのいさき先輩の言葉のおかげで、私の中で「このセリフをきっかけにして、遊歩は動き出す」と、ターニングポイントにしようと思いました。
──あの多感な時期に、ああいうお姉さんいてくれたらって思いますよね。
寿:本当ですよね! いさき先輩が作ってくれたナポリタンもおいしそうでしたし(笑)。いさき先輩のお姉さんっぷりが、みんなの背中を押していたので、キーパーソンだと思います。
──最後の遊歩のセリフはかなり録り直したそうですね。
寿:かなり録り直しましたね。自分の中でも、正解が見えていないかったんだと思います。私の台本のその部分に何も書かれていなかったので、「何度かやらせてください」ってアフレコで言ったんじゃないかな? 普段のアニメの収録でも、節目になるセリフって緊張するんですよ。
このセリフを言うにあたって、遊歩が大人になりすぎても嫌だし、可愛すぎても嫌だったんです。何回も録って、いいのを選んでもらおうっていう気持ちで何回も収録させていただきました。
結果、実際に見て、私的には「よかった」って思いました。セリフとしても収まるところに収まっているというか。セリフを考えた吉田玲子さん、監督の湯浅政明さん、クリエイティブなスペシャリストのみなさんが集まったら、こんなにもすごいことになるんだなって改めて思いましたね。
監督のエネルギーが伝わる
──この作品ハッピーエンドだと思いますか?
寿:私は、見終わった後にあったかい気持ちになったし、いいものを見たっていうほっこり満たされた気分になれたので、ハッピーエンドだと思いました。けれど、違う意見の人もいるのかな?
──試写を見た人の感想だとそれぞれあるようでした。
寿:確かに、今考えてみると「一概に幸せか?」って言われると、難しいというか、チクリとするところもありますね……。でも、悲しみとか、辛さがどれだけフワっと出てきても、ダンスシーンなどを見ていると、「だけど、前を向こう」って思えるんです。好きっていう思いに勝るものはないっていうことを教わる作品だなと思いますね。
ルーがずっと笑っているのも、そう思える理由なのかもしれません。そのおかげでみんながハッピーな気はしました。
──湯浅監督の作品の魅力は、何だと思いますか?
寿:最初は失礼ながらどういう監督なのかあまり知らなかったんです。『四畳半神話大系』などで、お名前は知っていたんですけど……。それで、役者仲間の内山昂輝くん(『ピンポン』にスマイル/月本誠 役で出演)に連絡をして、「どういう監督なんですか?」って聞いてみたりもしました。
実際に会って話してみると、なんて温かい人なんだろうと思いました。愛に溢れている人というか。作品の絵を見ても、作品への愛が詰まってて、「こういう風にやってくださいね」って言われたわけじゃないけど、絵から脚本から、やってほしいことが全部伝わるような気がしました。「この人のエネルギーはどこから出てくるんだろう?」って思ったくらいです。
監督のエネルギーが周りにも伝染して、それが私のもとにもちゃんと届いてきたのもすごいですよね。人を介して何かをすると、それが半減したり、人を巻き込む力が減っていくこともあると思うんですけど、そのエネルギーが途絶えることなく、監督はちゃんと人を巻き込んでいっているんです。
優しい温和な方なので、作品について話している時も「なんて楽しそうなんだろう」と思ったほどです。遊歩が歌うシーンもあったので、「歌のイメージは、どんな感じですか?」と聞いたら、「そういう感じでいいですよ。本当にありがとうございます」って言われたんです。本当に愛の溢れる現場でした。
映画の収録って短い期間で行われるんです。だからこそ、新鮮なものをどれだけ詰め込められるかを常に気を配っています。その短い中でも、監督は「仲に混ざっていいよ」って言ってくれているような空気を作ってくれて、そこが監督の魅力なのかなって思いました。監督の溢れる愛に巻き込まれて、自然と私も波に乗って、作品を見たお客さんも、その魅力に巻き込まれていくんじゃないかなという気がしています。
──湯浅監督は愛の人、ということですね。ではそろそろお時間なので、最後に映画公開に向けて読者のみなさんにメッセージをお願いします。
寿:どのキャラクターも可愛らしくて、メインキャラクターの個性はもちろん、町民のひとりひとりから、人間味が溢れています。かと思えば、いい人だけじゃなくて、ひねくれた人もいる。そこがまた嘘がなくていいなって私は思いました。
この映画を見るときは、ありのままで何も無理をせず、そのままを受け取ってもらえれば、きっと監督の起こす波というか、巻き込む風というか、その中に自然と入れるんじゃないかなと思います。是非とも、監督に身をゆだねるような気持ちで劇場で楽しんでもらえると嬉しいですね。
──ありがとうございました。
[インタビュー/石橋悠]
作品情報
『夜明け告げるルーのうた』 2017年5月19日(金)全国ロードショー
【あらすじ】
寂れた漁港の町・日無町(ひなしちょう)を舞台に、心を閉ざした中学生の少年・カイ(下田翔大)が、人魚の少女・ルー(谷花音)との出会いと交流を通して、本当の気持ちを伝えることの大切さを教えてくれる、青春感動ストーリー。
【キャスト】
ルー:谷花音
カイ:下田翔大
ルーのパパ:篠原信一
じいさん:柄本明
国夫:斉藤壮馬
遊歩:寿美菜子
江曽島:大悟(千鳥)
髭の漁師:ノブ(千鳥)
【スタッフ】
監督:湯浅政明
脚本:吉田玲子 湯浅政明
音楽:村松崇継
主題歌:「歌うたいのバラッド」斉藤和義(SPEEDSTAR RECORDS)
キャラクターデザイン原案:ねむようこ
キャラクターデザイン/作画監督:伊東伸高
美術監督:大野広司
フラッシュアニメーション:アベル・ゴンゴラ ホアンマヌエル・ラグナ
撮影監督:バティスト・ペロン
劇中曲・編曲:櫻井真一
音響監督:木村絵理子
制作プロデューサー:チェ・ウニョン
アニメーション制作:サイエンスSARU
製作:清水賢治 大田圭二 湯浅政明 荒井昭博
チーフプロデューサー:山本幸治
プロデューサー:岡安由夏 伊藤隼之介
企画協力:ツインエンジン
制作:フジテレビジョン 東宝 サイエンスSARU BSフジ
配給:東宝映像事業部
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