
『BEASTARS FINAL SEASON』Part2より、レゴシ役 小林親弘さん×メロン役 沖野晃司さんの公式インタビューが到着!
2026年3月7日(土)にNetflixにて独占配信開始となった『BEASTARS FINAL SEASON』Part2。
このたび、レゴシ役・小林親弘さんとメロン役・沖野晃司さんの公式インタビューが到着しました!
<以下、公式発表の内容を引用して掲載しています>
レゴシ役・小林親弘さん×メロン役・沖野晃司さん スペシャル対談
──インタビュー時点では、完結作となる『BEASTARS FINAL SEASON』Part2 がまもなく放送を迎えるタイミングです。まずは今のおふたりのご心境を伺えればと思います。
小林:収録をしたのは、もう 1 年以上前になるんです。『BEASTARS』はプレスコという方法(映像を作る前に声の収録を行う形式)で作っているので、録音してから絵になるまでの時間がものすごく長いんです。収録している段階ではほとんど白バックで、ボールド(テロップ)だけ出ている状態なので、完成品の想像がつかないところもあって。ですので、「いよいよ始まるんだ」という気持ちもありつつ、懐かしいなという感じもありつつ思い出せない部分もあるので「どうだったっけな?」って気持ちもありつつ……(笑)。
沖野:うんうん(笑)。
小林:でも、素直に一言で表現するならやっぱり「嬉しい」ですよね。やっとこの日を迎えられたんだな、という気持ちです。
沖野:ちかさん(小林のこと)の場合は、長年出演されてきた歴史があるじゃないですか。でも僕は「FINAL SEASON」で出てきたキャラクターなので、実は Part1 の時からちょっとソワソワしていたんです。
小林:へえ!
沖野:この長い歴史の後半部分に、ぴょんと切りかかっていく感覚というか……。勇気を持ってやらなきゃいけないな、という気持ちから、ずっとソワソワソワソワ……。
小林:えっ本当? だって言ってしまえばラスボスですよ(笑)。いちばんの重要キャラです。
沖野:だから Part2 も「配信日が決まりました!」ってなったときはまたソワソワしました。
小林:ああ、そっか。でも大丈夫ですよ、っていう言い方はあれですけども、大丈夫どころか、とても素敵ですよ。
沖野:ありがたいです。やっぱりメロンは、レゴシの人生に深く関わる役でもあるので……。観てくださった方がどういう感想を持つのか、すごく気になります。
──おふたりのお芝居の掛け合いが印象的でした。今回の掛け合いで印象に残っていることや、Part1 から変わったと感じる部分はありますか。
小林:変わった部分……。いや、僕は本当に沖野さんを頼りにしていました。以前に別の作品で共演したことはあったんですけど、こうやってがっつりお芝居で関わらせていただくのは今回が初めてで。アニメ『BEASTARS』シリーズって本当に特殊な録り方をするんですよ。ガンマイクが4つ並んでいて、横を向きながら芝居をしたり、一期のときなんかは取っ組み合いのシーンでは相手を掴んだり、寝っ転がったりしながら収録することもあって。そういう環境なので「え、これどうやるの?」って戸惑う役者さんもいらっしゃるんですけど、沖野さんは本当にすぐに対応されていました。
プレスコという環境をすごく使いこなしているというか、本当に一緒に舞台を作っているような感覚で収録できたんです。「これはすごいな」と思いましたし、本当に頼りにしていました。寄っかからせてもらっていましたね。
沖野:でも収録方法が特殊だと聞いた上でPart1を録ったんですけど、僕はどちらかというと、舞台の経験の方が長いので「あれ、得意なほうかもしれん」と(笑)。
小林:やりやすい?
沖野:はい。身体を使った表現は若いころからやってきたので。普段のアフレコだと、マイクの前で「ここ、どうしようかな」と迷うこともあるんですけど、この収録方法だと「あ、いつもだったらこういう感じでやるよな」と思える瞬間があって。その感覚を少し使えたのかな、という気はしています。自分としては、すごくやりやすい環境でしたね。しかも、長年レゴシを演じてこられて、その役がすっかり染みついている小林さんと掛け合いをさせていただくのは、とてもやりやすかったんです。
小林:あ、本当ですか。嬉しい、良かった。
沖野:しかも僕は放送も観ていたので、『BEASTARS』のレゴシという存在が、勝手に自分の中にあったんですよね。最初に向かい合ってお芝居をさせていただいた時も、「あ、分かる。ホンモノだ」って思いました(笑)。そういう感覚があったので、Part2ではレゴシが深いところで感情をぶつけてきて、それをメロンがのらりくらりとかわしていく場面も多いんですけど、レゴシがすごくストレートにぶつかってきてくれるので、僕としてもやりやすかったですね。
──今回もふたりは激しくやり合うシーンもありますよね。実際に対面して、身体を動かしながら演じる場面もあったんでしょうか?
沖野:あった気がしますね。胸ぐらをつかんだりとか。
──でも台本も持ちながらですよね?
小林:そうですね。でも何回かやるともうセリフを覚えちゃうこともあります。
──普通のアフレコだと、なるべく音が入らないように気をつけますよね。そのあたりは大丈夫なんでしょうか?
小林:ミキサーの方がすごく上手な方で、同時に録ることに慣れていらっしゃるので、あまり苦じゃなく調整をしてくれるんです。「一緒でいいですよ」とか「多少ノイズが入っても大丈夫ですよ」などと言ってくださって。
沖野:「今の大丈夫でしたか?」と、こっちが不安になる(笑)。「今、結構鳴りましたよ?」みたいなこともあって。
小林:あと、台本を細かく見られない状況だったりするので、ちょっとセリフを言い間違えてしまうことがあるんです。でも監督が「でも芝居が良かったからそれでいいよ」と言ってくださることも結構ありました。
──本当に舞台に近い感覚ですね。セリフの被りなどはあまり気にされないんですか?
小林:あまり気にしていないですね。唯一モノローグだけは別で録っていましたけども、基本的に掛け合いは一緒に録っています。例えば、こちらが喋っている後ろでニュースが流れているような場面だけ別録りにしますけど、それ以外はだいたい同時でしたね。5人くらいで一緒に録ったりして。「どうなってるの?」って感じでした(笑)。そこは後から絵をつける方式だからできることですよね。
沖野:シシ組と一緒のシーンなんかは、メンバー全員同時に録ったりして。エネルギーがすごかったですね。特殊な収録ならではのエネルギーというか。
小林:うんうん。監督のお話で印象的だったのが、普通のアフレコだと間尺もカットも決まっているから、「この場面はこの芝居を挟んでください」とか、「Aが喋っている途中でBのセリフを入れる」みたいなことは台本に書きづらい、と。でもアニメ『BEASTARS』シリーズはあとから絵をつけるので、「こっちが喋っている途中で被ってもいいよ、その芝居に合わせて絵を作るから」ということができる。それはプレスコの強みだなと思いました。芝居の臨場感も出ますし。
──そうした特殊な収録方法には、最初から対応できていたんですか?
小林:いや、1話から5、6話くらいまでは、録る側も演じる側も試行錯誤でしたね。最初の頃はすごく時間がかかって、たしか1話とか2話は、夕方4時に始まって終わったのが夜 11 時半とかでした。
沖野:まあ、でもそうですよね。システムがまだ構築されていない段階だから。
小林:そうそう、まずシステムを作らなきゃいけないというところからでしたね。「この場面どうする?」みたいな感じで。演じるままに体を動かしてやってみるのか、それとも動かない方がいいのか……本当にいろいろ試行錯誤しながらやっていました。最終的には「やっぱり動いて演じた方が臨場感が出るよね」という結論に至りました。
沖野:実験ですよね。
小林:そうですね。その中でだんだん確立されていったんだと思います。最終的には、その形のまま最後まで走り切った感じでしたね。
──沖野さんは、メロン役を演じる前から作品をご覧になっていたというお話がありましたが、この作品の印象や魅力をどのように感じていましたか?
沖野:最初に観た時は……もしかしたら口が悪いかもしれないですけど、「なんだこれ?」って思いつつ観出したんですよ(笑)。前情報として「動物が出てくる作品」というくらいしか知らなくて、「どういう物語になるんだろう?」と思って観始めたんですけど……第 1 期を一気見しましたね。ああ、面白いって。まず、根本に草食と肉食という構図があって、その中で学園生活が描かれている。そこから事件が起きて、「あれ、これサスペンスなの?」「ジャンルなに?」って。
小林:わかるわかる。他の人に「どういう物語か」説明するのは難しいですよね。
沖野:レゴシとハルちゃんの関係を見ていると恋愛ものにも見えるし、気づいたらアクションも始まるし。本当にジャンルを一言で説明できない作品だなと思いました。観たら忘れられない作品というか。記憶から抜け落ちていくような作品じゃなくて、「多分これ一生覚えてるんだろうな」という印象がありました。衝撃がすごかったです。
──少し遡って、小林さんは『BEASTARS FINAL SEASON』Part1 の中で、個人的に印象に残っているシーンはありますか?
小林:Part1でいうと、やっぱりレゴシが社会に出たところが一番印象的でしたね。これまでは学園というクローズドな空間の中での物語だったんですけど、外に出たことでいろんな種族に出会うし、いろんな大人との向き合い方も出てくる。たとえば、メロンみたいな存在もいれば、セブンさんのような存在もいるし、そういう意味で、レゴシの関わり方の広がりが Part1 で一気に広がったなって思いました。ハル役の千本木(彩花)ちゃんも言っていましたけど、「ハルが全然出てこない!」って(笑)。「ヒロインなんだけど!」って言っていて面白かったです。
──クライマックスに向けてレゴシとメロンがそれぞれどんな立ち位置になっていくのかというのも、見どころのひとつですよね。
小林:Part1では、メロンは完全に「すごく悪いヤツ」という立ち位置でしたよね。レゴシはヤフヤさんと一緒に秘密のパーティーに潜入して、当時は「こいつを捕まえるんだ」という目的しかなかったんですが……。でも、レゴシにとってメロンは知れば知るほど「もっと知りたい」と思う相手でもあるんです。メロンがハーフであるという点は、自分自身のことに重ねていると思うんです。ハルちゃんと将来うまくいったとして「もし子どもが生まれたらどうなるんだろう」と考えると、ある意味、子どもを見るような感覚もあるというか。
──ああ、確かに……。
小林:それがPart2では、よりはっきりしていくというか。最終的には、メロンという存在を「敵」としてではなく、自分たちの問題として向き合っていくことになるんじゃないかなと思います。だからこそ、「理解しよう」とするんですよね。「悪い」「良い」と単純に線引きするんじゃなくて、その存在とちゃんと向き合おうとする。それはトカゲやキツネさん、みんなに対してもそうだし。それは多分、レゴシ自身の生い立ち、祖父がコモドオオトカゲだったという背景もあると思うんですけど。そういう境遇も含めて、相手を理解しようとする姿勢がある。Part2では、そのレゴシがメロンとどう向き合うのか、というところが見どころになっていくと思います。そして結果的には、それがハルちゃんとの関係や、異種族との向き合い方にもつながっていく。
──ではメロン側から見たレゴシとの関係についてはいかがでしょうか。
沖野:いやもう、メロンは今おっしゃったことと、ある意味真逆ですね。レゴシは「もっと知りたい」とどんどん近づいてくるんですけど、それがだんだんムカついてくるんですよ(笑)。
小林:そうでしょうね。
沖野:味覚もなければ性欲もない。そんなメロンの生い立ちがだんだん分かってくる中で、レゴシと向き合っていくことになります。最初の頃は、どこか遊んでいるような雰囲気もあって、単純に(レゴシに)興味があったと思うんですよね。でもレゴシがどんどん自分に寄り添おうとしてくる。それがだんだん煩わしくなってきて、怒りに変わっていく。そこにハルちゃんの存在も絡んできて。僕自身も、ハルちゃんに襲いかかるようなシーンを演じていて、「これは良くないな」と思いながらも……。
小林:良いか悪いかで言えば、良くはないですね(笑)。
沖野:「アタシ、良くない」と思いながらも(苦笑)、でもメロンの中では、ある意味すごく純粋な感情でもあるんですよね。メロンの中の「食べたい」という欲求って。だから、この Part2 のなかでメロンもちゃんと心がしっかりと揺れていて、いろいろ考えている部分があるんです。そこがすごく面白いところだと思いますし、単なる“悪”じゃないっていうのを作ってくださったこの原作が、本当にすごいなと思います。
──エンディング主題歌は SEVENTEEN の「Tiny Light」です。おふたりはまだエンディング映像はご覧になっていないとのことなので、この場で流しながらご感想をうかがえたらなと。
小林:(映像を視聴して)ああ……めっちゃいい!
沖野:めちゃくちゃ鳥肌が立っています。
小林:なんか、懐かしいですね。映像の中に『BEASTARS』の最初からの流れが全部入っていた気がします。
沖野:みんないましたね。キャラクターが。
──歌詞には困難の中でも「君を離さない」という強い意思が込められている楽曲ですよね。希望に満ちた曲で、板垣先生もこの作品にもすごく合っているとおっしゃっていました。
小林:爽やかでしたね。確かに、第1期の第1話から振り返ると、本当にいろんなことがありましたよね。でもレゴシは、決して孤独じゃなかったんだなと思いました。いろんなものと向き合ってきたからこそ、他者との関わりも増えてきたんだろうなと。そういう道のりを思い出しました。「ああ、本当に終わりなんだな」とも実感しました。
沖野:グッときましたね。みんな泣いてしまうんじゃないかなってくらい。なんか、支えられてきた感じが良かったですね。みんなに背中を押してもらっているような。でも僕はメロンとして、このエンディングを想像させない方向に持っていかなきゃいけないんですけどね(笑)。そこに立ちはだかっていないといけないわけだから。「まだまだこっちだぞ」みたいな感じで(笑)。ちょっと楽曲から話はズレてしまうんですけど、レゴシとハルが手をつなぐよりも先に、指を握るシーンがあるじゃないですか。
小林:わかる(笑)。
沖野:あれ、いいですよね。サイズの違いがあるからこそできる表現というか。『BEASTARS』って本当にいいなと思います。
──「FINAL SEASON」を走り切った今、視聴者の方にどんなことを受け止めてもらえたら嬉しいか、あるいはご自身が考えたことなどがあれば教えてください。
小林:やっぱり板垣巴留先生が社会をどう捉えているか、というのがまるごと反映されている作品だと思います。第1期のころは、今ほど多様性という言葉が使われていないときでしたが、先生が「これは多様性の話です」とおっしゃっていたのがすごく印象的でした。僕はリアルタイムで原作を追っていたので、「この物語はどう着地するんだろう」と思っていたんですが……ラストで「ああ、これがひとつの答えなんだろうな」と感じました。レゴシがしゃがもうとしたら、ハルが「しゃがまないで。触れ合いにくいままでいい」と言うんですよね。あのセリフが『BEASTARS』のすべてなのかなと。
寄り添うと、時に優越感を生んでしまうこともあると思うんですけど、この作品って、どんな存在に対しても、そのキャラごとの生き方をある程度肯定してくれるんですよね。メロンも、リズも、ピナも。もちろんダメなことはダメなんだけど、そうなった理由もきちんと描かれるし。だから安くない「多様性」というか。
──多様性って、本来難しいものですものね。
小林:同時期に、朝井リョウさんの『正欲』を読んだんですけど、それも多様性について鋭く描いていて。結局、人は「自分が理解できる範囲」でしか他者を認められないんじゃないか、という問いを投げかけているんです。『BEASTARS』も、まさにそういう問いを投げかけている作品だと思います。
ハルが大学生になったとき、ライオンとウサギのカップルがいたじゃないですか。毒すごいなと思って。しかもハルが「ファッションで付き合ってない?」みたいなことを言うシーンがあるんですけど、それをハルに言わせるってすごいなって。ああいう言葉って、多分巴留先生が日常で感じていることを、動物の世界に置き換えることで言えてると思うんですよね。でもそれが、社会のいびつさみたいなものをすごく鋭く描いている。100年後に見ても刺さる作品なんじゃないかなと思います。古典になれる作品というか。それくらい、僕自身も『BEASTARS』には影響を受けました。
──沖野さんはいかがでしょうか。
沖野:僕は、人は変わるのか変わらないのか、ということをすごく考えました。言い方は難しいんですけど……一般的な作品って、主人公が変わっていったり、共感を得て仲間になったり、応援される存在になったりすることが多いと思うんですけど、『BEASTARS』は必ずしもそうじゃない気がするんですよね。どんなに周りに支えられても、どんなに強く叩かれても、変えられないものがあるよね、って。僕はメロンを演じていて、それをすごく感じました。
小林:ああ、そうかも。
沖野:レゴシやルイくんは成長して変わって最後を迎えるけど、その途中で出会うキャラクターたちの中には、どれだけ頑張っても変わらない獣もいる。それは社会が悪いのか、それともその獣の考え方なのか。そういう問題提起がこの作品にはあると思うんです。だから、視聴者の方が最後まで観終わったときに、「結局あのキャラって変わらなかったかも」と考えることが、教訓になればいいなというか。頑張っても変えられないものが、この世にはあるんだよ、ということが心に残る作品なんじゃないかなと思っています。
ライター:逆井マリ
インタビュー内でも触れていただいた『BEASTARS FINAL SEASON』Part2の D主題歌・SEVENTEEN「Tiny Light」は各音楽プラットフォームで好評配信中!!
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『BEASTARS FINAL SEASON』Part2 作品情報
あらすじ
キャスト
(C)板垣巴留(秋田書店)/東宝

































