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- わたなべみきこ
- 出産を機にライターになる。『シャーマンキング』『鋼の錬金術師』『アイドリッシュセブン』と好きなジャンルは様々。

2001年から2010年にかけて「月刊少年ガンガン」で連載された『鋼の錬金術師』(作・荒川弘先生)。鋼の錬金術師 エドワード・エルリックとその弟 アルフォンス・エルリックが、失った自分たちの身体を取り戻すため「賢者の石」を求める旅路を描いた物語です。
連載当時から非常に高い人気を誇った本作は、2003年と2009年にアニメ化している他、アニメ映画化、実写映画化、舞台化、ゲーム化と様々な形で展開。連載終了から15年以上が経過した今もなお、根強いファンに支持され続けています。
もはや超有名作品であるがゆえに一部のシーンや台詞がいわゆる「ネットミーム化」している本作。物語を知らなくてもその台詞だけは知ってる、なんて方も多いのではないでしょうか。
しかしながら、20年来の作品ファンとして声を大にして言いたい。あのシーンはめちゃくちゃいいシーンなんです!!! ……ということで、本稿ではそんな有名なシーン・台詞を解説していきます。
※本稿にはネタバレ要素が含まれます。
『鋼の錬金術師』のネットミームとして最も有名なこちらの台詞。このシーンは物語の序盤で登場するのですが、作中屈指の鬱シーンのひとつです。
自分達の身体を元に戻すことが目的であるエルリック兄弟は、合成獣(キメラ)錬成の研究者であるショウ・タッカーを紹介され、彼の自宅の資料室で生体錬成について調べさせてもらうことに。
彼の妻は2年前に家を出てしまっており、娘ニーナとの2人暮らし。エドとアルはタッカー家に通ううちにニーナと飼い犬のアレキサンダーとも仲良くなっていきます。
そんなある日、いつものように家に訪れると、タッカーから人語を話す合成獣の錬成に成功したと被検体を見せられたエドとアル。本当に人語を話す合成獣に驚くエドでしたが、被検体が「えど わーど お にい ちゃん」と発語したことで、タッカーがニーナとアレキサンダーを使い合成獣を造ったと勘づきます。
そのことを指摘したエドにタッカーが放ったのがこちらの台詞なのです。ほんの数ページ前までエドとアルに遊んでもらい笑顔を見せていたニーナの変わり果てた姿と、アルを見ながら「あそぼう あそぼうよ」と言い続けるシーンは、きっと多くの読者にショックを与えたことでしょう。
実はこの台詞、現在アニメが放送されている荒川先生の最新作『黄泉のツガイ』の中でもちょこっと登場する場面があるんです。アニメで楽しんでいる方はぜひ楽しみにしていてくださいね。
予想外に何かを取られてしまったときなどにふざけ調子で使われているこちらの台詞は、第1話の最初のページに登場するとても衝撃的なシーンのものです。エドの左足はひざから下をぶつ切りされたようになっており、この悲惨なシーンの真相やこれからの展開が気になり、一気に物語に引き込まれます。
その真相が明かされるのは同じセリフが登場する第23話。幼くして病気で母親を亡くしてしまったエルリック兄弟が「大好きな母さんにもう一度会いたい」という純粋な気持ちで、人体錬成に手を出してしまうまでの経緯が描かれています。
禁忌とされる人体錬成は失敗に終わり、その代償としてエドは左足と弟・アルを「持って行かれ」てしまったのです。
上記の台詞の直後に出てくるのがこちらの台詞。自身も左足を持って行かれたエドですが、その傷口を布で縛り、満足に立てない身体で、近くにあった鎧に自分の血で錬成陣を書き、アルの魂を錬成。そのときに放った台詞がこちらです。
エドは「足だろうが!両手だろうが!心臓だろうがくれてやる」と口にしており、たった一人の家族となった弟をいかに大切に思っているかが感じられます。
錬成は成功し、アルの魂は取り戻したものの、代償としてエドは右腕を失い、アルは鎧の身体となってしまいました。ここからエルリック兄弟の身体を取り戻すための旅が始まります。
こちらも第1話の印象的なシーンのものです。偽物の賢者の石を使い、民衆をだまして新興宗教を立ち上げていた教主コーネロの悪行を暴いたエド。そんなエドを始末しようとするコーネロに対して放った一言です。
自信たっぷりのエドの姿が格好良く、彼がそれだけの努力と経験を重ねていることがうかがえます。さらに、物語終盤となる第107話「最後の戦い」でもこの台詞を彷彿とさせる台詞が登場しており、読者の胸を熱くさせました。
上記のコーネロの「亡くなった恋人を生き返らせてあげる」という言葉を信じて生きていた身寄りのない少女ロゼ。コーネロがペテン師だと知った彼女は「これからあたしは! 何にすがって生きていけばいいのよ!!」とエドに訴えます。
そんな彼女に対してエドが返したのがこちらの台詞。過ちを犯し、片足を失ったエドが言う「立派な足」という言葉は非常に重く感じると同時に、絶望の中でも自分の足で前に進んできたエドだからこそ説得力のある言葉だと感じます。
軍部大佐のロイ・マスタングのこちらの台詞は、作中でも涙せずにはいられないシーンです。
マスタングの士官学校時代からの親友マース・ヒューズ中佐は、軍部内に悪が蔓延っていることにいち早く気づき、そのことをマスタングに伝えようとするも、口封じのため敵である人造人間(ホムンクルス)に殺されてしまいます。
葬儀の後、ヒューズの墓の前で亡き親友に思いを馳せるマスタング。副官・ホークアイに「大丈夫ですか」と問いかけられ「大丈夫だ」と答えるも、「いかん 雨が降って来たな」とぽつり。
雨など降っておらず、ホークアイは「雨なんて降って…」と言いかけますが、「いや 雨だよ」と再度口にするマスタングの額には一筋の涙が。作中で彼が涙を見せたのは後にも先にもこれきり。
ヒューズは気さくで面倒見が良く、家では妻と娘をこよなく愛するとても温かい人物であり、そんな彼が冷たくなってしまったことに読者も涙せずにはいられないシーンです。
ヒューズの死後、殺害した犯人をずっと捜し続けていたマスタング。物語終盤でようやく仇である人造人間・エンヴィーと会敵し、焔を操る自身の錬金術で猛攻を食らわせます。
あまりに一方的な攻撃に逃げ出したエンヴィーは、自身の姿を自在に変えられる能力を使い、今度はヒューズの姿でマスタングと対峙。親友の姿に怯むかと思いきや、マスタングは何の躊躇もなく最大火力を放ち、この言葉を口にします。
エンヴィーに言っているように見えて、自分に言い聞かせているようにも感じられるこちらのシーン。これまでにない苛烈な姿を見せるマスタングに、その胸に秘めた強い悲しみを感じずにいられません。
様々なパロディが散見されるこちらの台詞は、上記のシーンの先で登場します。己の身を焼かんばかりの強い復讐の炎に燃えるマスタングを心配し、同行する副官ホークアイでしたが、激しい戦闘により2人を見失ってしまいます。
そんななか遭遇したのはマスタング。彼女は一旦ホッと一安心する様子を見せるも、あろうことか上官の後頭部に銃を突きつけます。「…なんのマネだ中尉 誰にむかって銃を突き付けている」と言うマスタングに対し「大佐はね 二人きりの時 私の事「リザ」って呼ぶのよ」と一言。
実はホークアイが遭遇したのはマスタングの姿をしたエンヴィーだったのです。エンヴィーは「あんたらそういう仲かよ…」と変身を解くも、「ウソよ」と頭を撃ち抜くホークアイ。彼女は用心深く鎌をかけただけだったのです。
読者目線だと直前までマスタングとホークアイのどちらがエンヴィーか判断ができないようなハラハラする描写になっており、私はホークアイの見事な誘導尋問に拍手したくなりました。
面白おかしく使われるネットミームですが、それはそうなるほどに印象深いシーンだったという証。特に今回ご紹介した『鋼の錬金術師』のシーンや台詞は、読者の心に深く刻まれるものばかりです。
本稿では物語の前後を簡単に解説させてもらいましたが、やはり原作ファンとしては物語の中でそのシーンや言葉の本当の重さ・意味をぜひ味わってもらいたいと思っています。これを機に作品そのものに触れていただけると嬉しいです。

1990年生まれ、福岡県出身。小学生の頃『シャーマンキング』でオタクになり、以降『鋼の錬金術師』『今日からマ王!』『おおきく振りかぶって』などの作品と共に青春時代を過ごす。結婚・出産を機にライターとなり、現在はアプリゲーム『アイドリッシュセブン』を中心に様々な作品を楽しみつつ、面白い記事とは……?を考える日々。BUMP OF CHICKENとUNISON SQUARE GARDENの熱烈なファン。
