【内海賢二 彼が生きた時代：連載第5回】野沢雅子さんインタビュー｜「あんた、なんでそんな急いでいったの」って言ってあげたいぐらいよ

アニメや海外映画の吹き替えだけでなく、歌やラジオ、イベント出演に至るまで、活動の幅を広げている声優。今ではTV番組に“声優”という肩書きで出演される方も多く、声優という職業自体も世間一般に認知されるようになってきました。

しかし、その裏で声優業界を黎明期から作り上げてきた大先輩方が、訃報や引退といった形で徐々に一線を退いているのもまた事実です。

アニメイトタイムズは日々、たくさんの声優ニュースを取り上げていますが、声優業界に深く関わっているからこそ、メディアという立場であるからこそ、今というタイミングで何かできることがあるのではないか、と考えました。

そんな折、様々な取材を通して筆者が出会ったのは“内海賢二さん”という存在でした。

内海賢二さんといえば、2013年にご逝去されるまでの間、『北斗の拳』のラオウ役、『Dr.スランプ アラレちゃん』の則巻千兵衛役、『鋼の錬金術師』のアレックス・ルイ・アームストロング役など、数え切れないほどの人気キャラクターを演じた名役者です。

そして、それと同時に声優事務所「賢プロダクション」の創立、TV番組やTVCMの出演など、声優が広く認知されるきっかけを作った人物のひとりでもありました。

本企画【内海賢二 彼が生きた時代】では、そんな内海さんの姿を現在でも活躍されている声優さんたちのインタビューを通して追っていく特別企画です。

内海さんの功績は、現在の声優さんたちにどんな影響を与えているのでしょうか。また、内海さんに関する未だ語られていなかったエピソードは、現在を生きる我々にも何かメッセージを与えてくれるはずです。

連載第5回に登場するのは、日本初の吹き替え作品に出演し、現在でも声優業界の最前線で活躍されている野沢雅子さんです。内海さんとの共演は数え切れないほどあり、声優業界で苦楽をともにした仲でもありました。

内海さんの先輩として今なお声優界で活躍されている野沢さんのお話は、声優ファンなら必見の内容です。

※本企画は映画『その声のあなたへ』とのタイアップ企画です。取材内容は事実を含みますが、取材者名は役名となります。

連載バックナンバー

スタジオ全体を明るく照らし続けた内海賢二という男

ーー野沢さんは内海賢二さんの役者として先輩にあたりますが、後輩としての内海さんはどんな方だったのでしょうか？

野沢：賢坊、こういう場では賢ちゃんのほうがいいわね。賢ちゃんはね、強面でゴツかったから初対面だと怖がられることもあったんだけど、すぐに打ち解けられる人だった。若い人からすると、先輩の多い現場って居心地が悪かったりするでしょ。そういうのを察して、スタジオの雰囲気を柔らかくするのが上手だったの。それって意外と難しいのよ。本番を控えてるわけだから、砕け過ぎるのはダメなわけだし。賢ちゃんそこのバランス感覚がしっかりしてた。

ーー奥さんの野村道子さんも、内海さんは現場を暖かくできる人だったとおっしゃっていました。本当に面倒見のいい方だったんですね。

野沢：そうなのよ。新人の子って演技とか言い回しについてディレクターからいろいろ言われることも多いんだけど、その手の指示って回りくどかったり、イマイチわかりにくかったり、抽象的なことが多い時もあるの。賢ちゃんはそういうのを噛み砕いてわかりやすく伝えるのも上手だった。だからって出しゃばりすぎるわけじゃなくてね、声優としての立場からアドバイスして、あとは本人に任せるって感じだった。

ーー若手の方からすると、内海さんが現場にいるとありがたかったでしょうね。

野沢：先輩からアドバイスしてもらえるのって、とても嬉しいことだからね。そもそも現場に慣れてない新人の子とかだと、先輩に囲まれて硬くなっちゃうこともあるから。そういうときに、気さくに話しかけたり、ジョークを言って和ませたり、お菓子を持ってきたり、いろんな方法でリラックスできるようにしてあげてた。緊張から開放されるといい演技ができるようになるからね。

もちろん、彼だって自分の芝居に悩んだり、台本を読んで試行錯誤したりしてることはあったけど、スタジオではそれを他の人には絶対に感じさせないの。そうやってスタジオの空気を作って、作品もいいものにしてくれるから、監督とかディレクターにとってもありがたい存在だったんじゃないかな。

ーーいろんな方からお話を聞いてきて、それだけで人となりがわかってきたような気がします。明るくて豪快で、本当に素敵な方だったんですね。

野沢：賢ちゃんと最後に共演したのは『ドラゴンボール超』だったんだけど、そのときも賢ちゃんは頼りになって、スタジオの雰囲気をよくしてくれてね。テストで上手くいったと思っているときに、あの声で本気で褒められてごらんなさいよ。自信にも繋がるし、気分も上がって本番ではもっといい演技ができるようになるでしょ。私もね、彼のそういうところは取り入れて、新人さんと一緒に仕事をするときは寄り添ってあげられるようになりたいと思っているの。

ーー内海さんの持ち味と言えば、やはり元気をもらえるような力強いあの声ですよね。

野沢：いい声よね。私がまだ声優をしていなかった頃、賢ちゃんの出ている舞台を見に行ったことがあったんだけど、なんていい声で、なんて豪快な芝居をする人なんだろうって思ったの。小綺麗にまとまらないで、芝居の中で伸び伸びと暴れられる人って役者として魅力的なのよ。賢ちゃんはそれができる人だったから。

そういう姿も、もっといろんな人に見てもらいたかった。本当に、まだまだ早すぎたわよね。「あんた、なんでそんな急いでいったの」って言ってあげたいぐらいよ。

ーーやはり、内海さんの訃報を受けたときは信じられませんでしたか？

野沢：最後まで元気だったから。さっきの『ドラゴンボール』の現場でね、別れるときにハグしてね。「後ろがあるからさ、抜けちゃってごめんな。じゃあ、またな」って言ってね、それが最後。

だから知らせを受けたときはびっくりしましたよ。もうこの世にはいないんだって理解はできたんだけど、気持ちのほうは別のことにすり替えようとしてた。自分に厳しい人だったし、自分の芝居をもっといいものにしたくて、同じ世代の人には負けまいと頑張ってたから。それで急ぎすぎちゃったのかなって。

本当にもったいないって思うの。生きていればね、もっといろんなことを若い人に教えてあげられたのに。自分のところの事務所の人にも、違う事務所の人にも、最後まで優しい人だったから。